真相紀行– category –
-
真相紀行
いつ光秀は「謀反を決意」したか?〜謀反反乱が多発した戦国期・安土城留守番衆「蒲生+山岡+佐久間」・信長に懸命に仕えた佐久間信盛と一族〜|本能寺の変8・信長公記15
安土城留守番衆の一人「佐久間盛明」 -
真相紀行
過激派コンビ「大島浩+白鳥敏夫」の三国同盟推進〜昭和天皇「軍事同盟反対」・支那事変「うやむや」と同盟対象国・日露戦争20年とソ連との良好関係〜|昭和天皇独白録19・昭和の真実
似たもの同士だった大島浩と白鳥敏夫 -
真相紀行
織田家中で「余所者で外来の身」だった光秀〜フロイスの光秀への悪意・織田四天王四人のうち三人が非譜代・「計略と策謀の達人」光秀〜|本能寺の変2・ルイス・フロイス「日本史」18
「信長の世」を滅した光秀へのフロイスの怒り -
真相紀行
近衛首相提案の「日米トップ会談」〜「一見乗り気」のルーズベルト・大日本帝国に「ほぼ宣戦布告」の米国・太平洋米英軍の大増強〜|陸海軍の迷走37・日米開戦と真珠湾へ
米政府に翻弄され続けた帝国政府 -
真相紀行
ルイス・フロイスが見た「本能寺」〜「高貴の出ではない」光秀・「ときは今」の真相=謀反の「時」・光秀が超名門土岐とは無関係の事実〜|本能寺の変1・ルイス・フロイス「日本史」17
諸説ある光秀の出自 -
真相紀行
信長の「最後の上洛」〜安土城から世界を睨んでいた信長・「日本的」ではない豪華絢爛建築・安土城築城大臣丹羽長秀の巨大な政治力〜|本能寺の変7・信長公記14
卓越した丹羽長秀の政治力 -
真相紀行
「陸軍のロボット」板垣征四郎と「泥田に足を突っ込んだ」帝国〜政府を振り回し始めた帝国陸軍・大日本帝国の運命決めた支那事変〜|昭和天皇独白録18・昭和の真実
イマイチだった板垣征四郎 -
真相紀行
「天の使い」信長の延暦寺焼き討ち〜「近江国三分の一」握った延暦寺・強力な偏見を持っていたフロイス・緻密で生々しいフロイスの描写〜|ルイス・フロイス「日本史」16
フロイスの仏敵・延暦寺 -
真相紀行
帝国の反応を静かに観察するル大統領〜「武力行使に勝る痛苦」と資源・「国防上、死活の重大事態」に直面した日本・米「経済断交」の影響〜|陸海軍の迷走36・日米開戦と真珠湾へ
日本を地獄に叩き落とした米国 -
真相紀行
永遠の謎の光秀「ときは今」の真意〜地味ながら「超名門守護」の土岐・信長が命じた「信康自決」の真相・良好な同盟関係続けた織田と徳川〜|本能寺の変6・信長公記13
「とき」と「土岐」の謎 -
真相紀行
霧の中を彷徨い始めた大日本帝国〜破綻したトラウトマン工作・陸軍「南京攻略」独断と彷徨する外交・「南京攻略命令」発令の謎〜|昭和天皇独白録17・昭和の真実
雲散霧消した日中和平 -
真相紀行
徳川家康を「家康公」と呼んだ信長〜家康と徳川家臣団への熱い思い・「世間の風評に配慮」した信長・三職推任問題と民衆との和〜|本能寺の変5・信長公記12
異常に丁重な信長の姿勢 -
真相紀行
ルーズベルト大統領の返礼「対日資産凍結」〜対日戦決意の一手・「平和裡に」領土拡張に成功した陸軍・「印した」進駐の第一歩〜|陸海軍の迷走35・日米開戦と真珠湾へ
「平和裡」進駐への猛反撃 -
真相紀行
天皇・内裏・公家の心を一気に掴んだ信長〜京の寺院勢力を一気に壊滅・徒労に終わった「贈物攻撃」・朝廷と将軍家と寺院〜|ルイス・フロイス「日本史」15
塗金の部屋を松永に持って来させた信長 -
真相紀行
単なる虚説の信長「光秀叩き・侮辱」〜粛々と天下目指していた信長・「見苦しい」出来の能に激怒・家康と徳川家臣団への大いなる配慮〜|本能寺の変4・信長公記11
いよいよ「毛利攻め」のひと時 -
真相紀行
独トラウトマン主導の日中和平工作〜昭和天皇と蒋介石が望んだ日中和平・「陸軍が政権運営」の帝国政府・奇妙で不思議な国家運営と無力な広田外相〜|昭和天皇独白録16・昭和の真実
独大使トラウトマン必死の工作 -
真相紀行
「一度決意したこと撤回しない」信長〜大ベテラン松永久秀の洞察・「新将軍」らしい強気の姿勢見せた義昭・乗り込んできた三好三人衆〜|ルイス・フロイス「日本史」14
早々に信長の性格読んだ松永 -
真相紀行
帝国政府「ヴィシー政府圧力」を拒絶したヒトラー〜仏印進駐成功・「野村-豊田」海軍優等生ラインに米交渉託した近衛首相〜|陸海軍の迷走34・日米開戦と真珠湾へ
平和的領土拡大に成功した帝国 -
真相紀行
「九州まで一気に平定」目論んだ信長〜近畿の有力家臣まとめて出陣・高松城水攻めの真偽性・「水没」ではなく「籠城軍戦意低下」目的〜|本能寺の変3・信長公記10
自ら出陣決めた信長 -
真相紀行
「易々と特許状を与えた」信長〜あっという間の建築工事完成・「民衆守る」信長の意思・「たまたま」ではなく「探していた」不埒者〜|ルイス・フロイス「日本史」13
京の治安回復急いだ信長 -
真相紀行
遅すぎた近衛首相の「松岡更迭」の決断〜「外交白紙委任状」如き活動・海軍に「外交任せた」近衛首相・政府に「クギ刺した」陸海軍統帥部〜|陸海軍の迷走33・日米開戦と真珠湾へ
外交未経験者の外相抜擢 -
真相紀行
「部下が上司決裁を次々却下」の帝国陸軍〜武藤章「閣下と同じこと」・支那事変「拡大vs不拡大」で割れた帝国陸軍・対等の陸軍省と大本営〜|昭和天皇独白録15・昭和の真実
統制が破綻していた帝国陸軍 -
真相紀行
「手を尽くして家康接待」命じた信長〜見えた「織田と徳川の天下」・「織田家総出」の家康出迎え・織田信忠が家康訪問〜|本能寺の変2・信長公記9
織田家総力挙げた家康接待 -
真相紀行
石像破壊で「旧秩序破壊」目論んだ信長〜守護代以下の織田家・京の鐘の音=信長の命令・新たな京支配者の意気込み「不埒者即処断」〜|ルイス・フロイス「日本史」12
大いに意気込んだ信長 -
真相紀行
徳川家に駿河・遠江を「進呈」した信長〜徳川家への気遣いと配慮武田討滅で「本懐遂げた」信長・武田最大版図築いた武田勝頼〜|本能寺の変1・信長公記8
織田最大の敵・武田を討滅 -
真相紀行
昭和天皇「威嚇+平和論」即却下した石原莞爾〜盧溝橋事件が開いた未来・「つまらぬ争いから起こった」支那事変・太平洋戦争とアジア太平洋戦争〜|昭和天皇独白録14・昭和の真実
無視された昭和天皇の要請 -
真相紀行
「新たな時代」の到来を告げた信長〜石材確保と偶像破壊の両立・カンナ手にして工事指揮・「大工の立場を重視」の配慮〜|ルイス・フロイス「日本史」11
石像破壊による偶像破壊 -
真相紀行
一気に打って出た近衛首相〜奇策「内閣総辞職」で松岡更迭・帝国政府最高会議の異常事態・「全く一言も発言しなかった」近衛〜|陸海軍の迷走32・日米開戦と真珠湾へ
松岡更迭に踏み切った近衛首相 -
真相紀行
「天がついた」織田信長の正面奇襲攻撃〜瞬く間の大勝利・「義元の首」を返し「義元塚」築造・大々的勝利宣伝の情報戦略〜|桶狭間の戦い7・信長公記7
義元の名刀を腰に差した信長 -
真相紀行
戦国の世に極大激震もたらした信長「将軍奉戴入京」〜猛烈な勢いで京復興へ・一気に「六角駆逐」と近畿圏大名の降伏〜|ルイス・フロイス「日本史」10
通常二万五千人が従事した建築工事 -
真相紀行
大日本帝国の運命決めた「蒋介石との妥協」〜不変の昭和天皇の言葉・「支那事変解決」模索していた昭和天皇・「一ヶ月」明言した杉山陸相〜|昭和天皇独白録13・昭和の真実
泥沼化した支那事変 -
真相紀行
「将軍奉戴」引き受けた「勇敢で剛毅な」信長〜峻拒した朝倉家・「まずは守護・守護代」だった覚慶の発想・「格下」の織田家〜|ルイス・フロイス「日本史」9
戦国期に残存した室町の秩序 -
真相紀行
不気味な沈黙続けた近衛首相〜「イヤイヤ」交渉継続明言した松岡外相・ハルの挑発文書への怒り・「真っ当な意見」だった東條陸相・暗礁に乗り上げた日米関係と「真珠湾」前夜〜|陸海軍の迷走31・日米開戦と真珠湾へ
近衛首相の思惑 -
真相紀行
戦国の世にデビューした織田信長〜「天道に背いた」今川義元の運命・尾張南部の大半を押さえた今川家・信秀が目にかけた山口父子の裏切り〜|桶狭間の戦い6・信長公記6
牛一の意図的な誤記載 -
真相紀行
「覚慶奉戴」に賭けた和田惟政〜「将軍家支援」拒否した朝倉と六角・将軍義輝を「攻め殺した」極大事件・近畿で暗躍した松永霜台〜|ルイス・フロイス「日本史」8
二条御所に攻め込んだ三好・松永 -
真相紀行
昭和天皇の「・・しよ〜」という強力な決意〜支那事変解決への意思・極めて貴重な「全てを知っていた神」の独白・戦前日本の政治と軍事の真実〜|昭和天皇独白録12・昭和の真実
日支関係への昭和天皇の思い -
真相紀行
信長会心の全軍突撃〜「正面突撃」だった桶狭間・「水を撒くようにどっと崩れた」今川軍・「この上もない難所」桶狭間〜|桶狭間の戦い5・信長公記5
壊滅した今川軍 -
真相紀行
大長老・平沼騏一郎の超正論+「夢の又夢」の日米共同で戦争停止〜「米参戦」の未来を的確に予言した松岡洋右・「絶望的交渉」継続へ〜|陸海軍の迷走30・日米開戦と真珠湾へ
大長老の夢の「日米共同」案 -
真相紀行
丁寧に家臣を統率した信長〜織田軍に味方した台風級の暴風雨・「敵が掛かってきたら引き、敵が退いたら追う」シンプルな戦い方〜|桶狭間の戦い4・信長公記4
覇王・信長の若き頃の家臣への姿勢 -
真相紀行
Noを言えない天皇と憲法の慣習法〜東京裁判における木戸発言・「謎の影響力」を有した木戸幸一内大臣・元老不在と東條首相推薦〜|昭和天皇独白録11・昭和の真実
木戸幸一が語る天皇の権限 -
真相紀行
「追放人たちの避難所」だった「圧倒的自治都市」堺〜30代前半で「戦の達人」に到達した信長・難なく稲葉山城攻略〜|ルイス・フロイス「日本史」7
日本ただ一つの異例の都市・堺 -
真相紀行
「深田に一騎ずつ」を強行した信長〜「敦盛だけ」の信長と「三番」の義元・若いながら老練な家康・「信長止めた家老」への配慮〜|桶狭間の戦い3・信長公記3
「桶狭間」に登場した家康 -
真相紀行
「対米交渉決裂」に即飛躍した松岡洋右〜冷静に反論する杉山参謀総長・悠長すぎた帝国政府の姿勢・斎藤分析+松岡激怒の二日後の連絡会議〜|陸海軍の迷走29・日米開戦と真珠湾へ
絶対にハルを許せない松岡外相 -
真相紀行
「信長と一緒に駆けた」五名の小姓のフルネーム〜不思議な「〜守」・「謡を三番うたった」今川義元・緻密過ぎる牛一の描写〜|桶狭間の戦い2・信長公記2
信長のデビュー戦「桶狭間」の真実 -
真相紀行
軍部と一緒に走った大日本帝国臣民〜「米国倒せ!」の怒号と熱気・国民的憤激に油注いだ米国「排日移民法」・「対岸の火事」欧州大戦〜|昭和天皇独白録10・昭和の真実
第二次世界大戦前の日本国民の感情 -
真相紀行
大規模かつ基本的な信長の美濃攻略戦・「偽装+挟撃」で一気に制圧・抜群だったイエズス会の情報収集能力・緻密な勢力図の把握〜|ルイス・フロイス「日本史」6
戦略・戦術の基本と美濃攻略戦 -
真相紀行
「ハル・ノート」への茨の道〜「凄まじい気迫」をビンビン撒き散らした松岡・超激怒+米案「即却下」・露呈した外交不一致〜|陸海軍の迷走28・日米開戦と真珠湾へ
早期に決まっていた「ハル・ノート」 -
真相紀行
「超一級資料」信長公記〜太田牛一が生きた「信長の時代」の記録・「桶狭間」前夜の生き生きとした描写・信長「鎧をつけ、立ったまま食事」〜|桶狭間の戦い1・信長公記1
信長の全ての貴重な記録 -
真相紀行
昭和天皇が語る「大東亜戦争の遠因」〜排日移民法と国民的憤激・真っ当過ぎる「人種差別撤廃」主張した帝国・溜まった憤激マグマの行き先〜|昭和天皇独白録9・昭和の真実
第一次世界大戦のパリ会議での大挫折 -
真相紀行
時には憂鬱になった信長〜リアリティあり過ぎる描写とフロイスの文章力・16世紀「二大覇権国」のポルトガル・「世界分割」トルデシリャス条約〜|ルイス・フロイス「日本史」5
超大国ポルトガルから来たフロイス -
真相紀行
「松岡外交の守護神」斎藤良衛の登場〜「全てが論外」の斎藤分析・「三国同盟脱退」「日本の発展妨害」・密接だった満鉄と外務省〜|陸海軍の迷走27・日米開戦と真珠湾へ
官僚的で明確な斎藤分析 -
真相紀行
「法皇不在」の頼りない帝国陸軍〜昭和天皇が考えた「敗戦の最大の理由」・大局を「考えなかった」こと・「便所の扉」と呼ばれた杉山参謀総長〜|昭和天皇独白録8・昭和の真実
「陸軍の法皇」と曖昧な対米戦軍部 -
真相紀行
「心気広闊」の大戦略家・織田信長〜室町幕府の香りが残存した戦国・「形だけは当初法華宗」の記述・本能寺と安土宗論〜|ルイス・フロイス「日本史」4
信長が生きた時代と既存勢力 -
真相紀行
「別格の科学力」を有したドイツ帝国〜アインシュタインとプランク・大英帝国との「手頃な講和」望んだヒトラー・「愚策」の独ソ戦〜|陸海軍の迷走26・日米開戦と真珠湾へ
圧倒的「科学大国」だったドイツ -
真相紀行
昭和天皇の「帝国陸海軍敗因」の本音〜稚拙な戦略と戦術・「軍人バッコ」+「進むを知り、退くを知らない」帝国陸海軍〜|昭和天皇独白録7・昭和の真実
赤裸々に語った昭和天皇 -
真相紀行
「肩の上から話をした」織田信長が見ていた未来〜既存勢力への睨み・「中位の背丈だった」信長〜|ルイス・フロイス「日本史」3
リアルな信長の人物像 -
真相紀行
「国家侮辱文書」とルーズベルトの思惑〜悪夢の「ヒトラー欧州制圧」・対日戦の「上手な開始方法」探る米国・なぜか放置した米国対案〜|陸海軍の迷走25・日米開戦と真珠湾へ
「欧州戦争には参戦せず」の公約 -
真相紀行
敗戦の原因第四「常識ある首脳者の不存在」〜昭和天皇から見た「山縣有朋と大山巌と山本権兵衛」・「下剋上」の帝国陸海軍〜|昭和天皇独白録6・昭和の真実
反乱事件と昭和動乱 -
真相紀行
敗戦の原因第二「精神重視で科学軽視」〜石油で無限大倍の米国との戦争・第三「陸海軍の不一致」・険悪を超えてバラバラだった帝国陸海軍〜|昭和天皇独白録5・昭和の真実
軍事技術の要請もバラバラだった陸海軍 -
真相紀行
超一級資料のルイス・フロイス「日本史」〜「信長公記」との違い・織田信長に関する様々な記録や資料たち・一次資料と二次資料〜|ルイス・フロイス「日本史」2
「フロイスの主観」が思い切り入った描写 -
真相紀行
超高圧的なハルの「通告」〜松岡外相を「消したらどうか」の米要望・「棚ざらし」だった米国との交渉・「比較的穏当」だった米国対案〜|陸海軍の迷走24・日米開戦と真珠湾へ
突如登場したハル・ステートメント -
真相紀行
「最下級大名」から天下制した織田信長〜新たな「戦国の覇王」へ・「たった一日」だった関ヶ原の戦い・本能寺の変当時の足利義昭将軍〜|ルイス・フロイス「日本史」1
織田信長が想定した「新たな知世の形式」 -
真相紀行
昭和天皇が語る敗戦の原因〜兵法の根本原理「未体得」の陸海軍将校・敗戦後一年以内に昭和天皇が「独白」した様々な真実〜|昭和天皇独白録4・昭和の真実
敗戦原因の筆頭は何か? -
真相紀行
ゾルゲが探知した最高機密「新国策」〜改訂の意義が不明瞭な曖昧性・帝國陸海軍未曾有の大動員と関特演・独ソ戦に全て向けたスターリン〜|陸海軍の迷走23・日米開戦と真珠湾へ
ゾルゲが把握した帝国のソ連侵攻可能性 -
真相紀行
「形式的」となった御前会議〜大日本帝国最高意思決定機関の行方・世界最長の王室皇室である「日本の皇室」・日本国の根幹である皇室〜|昭和天皇独白録3・昭和の真実
大日本帝国の本質と御前会議 -
真相紀行
原枢密院議長の「謎の発言」の真意〜日ソ中立条約と独ソ不可侵条約・近衛首相と杉山総長と永野総長のバラバラな説明・御前会議の謎〜|陸海軍の迷走22・日米開戦と真珠湾へ
原嘉道の謎の主張 -
真相紀行
御前会議というもの〜1938年まで開催されなかった御前会議・「大元帥」であった昭和天皇vs「米軍最高司令官」の米大統領〜|昭和天皇独白録2・昭和の真実
御前会議に対する昭和天皇の考え -
真相紀行
昭和天皇が語る「昭和の真実」・昭和天皇独白録〜陸海軍を統帥した天皇・大日本帝国憲法下の異質な国家大日本帝国〜|昭和天皇独白録1・昭和の真実
帝国陸海軍の統帥権と昭和天皇 -
真相紀行
「英米戦必至」の永野軍令部総長の説明〜「南方と英米」の帝国海軍意思決定が異常に遅い+曖昧だった大日本帝国・独伊米英ソ中との違い〜|陸海軍の迷走21・日米開戦と真珠湾へ
ある意味で明確だった永野総長 -
真相紀行
「とにかく支那事変」だった陸軍〜南京から重慶へ首都移転した蒋介石・「陸軍の統括者」ではなかった東條陸軍大臣・天皇輔弼役の参謀総長〜|陸海軍の迷走20・日米開戦と真珠湾へ
泥沼化した支那事変 -
真相紀行
近衛首相の昭和天皇への「新国策」説明〜曖昧でモヤモヤの国策・ようやく決定した国家の新たな大方針・御前会議での説明へ〜|陸海軍の迷走19・日米開戦と真珠湾へ
「南も北も」と触れなかった対米関係 -
真相紀行
「会して議せず、議して決せず」近衛首相〜ようやく決定した新国策・全く一貫性がなかった松岡洋右の主張・ドイツとソ連の「仲立ち」崩壊〜|陸海軍の迷走18・日米開戦と真珠湾へ
「三国同盟破棄」の意思表していた近衛首相