前回は「真珠湾奇襲攻撃 78〜ルーズベルト大統領の演説〜」の話でした。

山本長官が「事後通告」を知ったのが、いつかは定かではありません。
おそらく、南雲長官たちが凱旋帰国した頃でしょう。
山本長官!
外務省の話では・・・
奇襲攻撃の通告が、
「攻撃開始後」だったとのことです!

なんだと!!



そんな馬鹿な!!
愕然とする山本長官。



そんなはずはない!



きちんと定刻通りに、
通告するように念を入れていた!



そして、我らの攻撃は
「予定の5分前」だったのだ!



時差の計算ミスではないのか?
間違いありません!



なんたること・・・





我らは、時間通り
攻撃を行いましたが・・・



なぜ、このようなことに?



まさか、
野村さんが・・・


海軍大将である野村吉三郎大使は、山本長官の大先輩です。
しかも、両者の仲は良好でした。
米大使が陸軍ではなく、海軍であることもまた「万全期した」結果だったのです。
これは、中国などで戦線を拡大していた陸軍が「米国から嫌われていた」も大きな理由です。



むう・・・





事後通告は、
大失態ですが・・・



やむを得ません!



次の作戦計画に
万全期すべきです!



まあ、
そうだが・・・
曖昧な日本海軍の作戦計画が、意外な形で結末を迎えることになりました。



この事実を、
どう米国が利用するか・・・