前回は「敗戦の原因第四「常識ある首脳者の不存在」〜昭和天皇から見た「山縣有朋と大山巌と山本権兵衛」・「下剋上」の帝国陸海軍〜」の話でした。
昭和天皇が語る「帝国陸海軍の四つの敗因」:稚拙な戦略と戦術

1945年の敗戦の翌年、昭和天皇は「敗戦の原因」を四つ挙げています。
昭和天皇敗戦の原因は
4つあると思う。



第一、兵法の研究が
不十分であった事・・・



第二、科学の力を
軽視したこと・・・



第三、陸海軍の
不一致・・・



第四、常識ある首脳者の不在と
下剋上の状態・・・
この「四つの原因」のうち、どの原因を昭和天皇は最も重視していたのか。
この点は不明瞭であり、通常、このように「四つ挙げる」場合は、「第一」が最重要です。
確かに、帝国陸海軍の戦略・戦術は、当初は良かったものの、甘く稚拙な点が目立ちました。


戦術的には大成功を収めた「真珠湾」でしたが、極めて「甘い」攻撃でした。
その理由は、真珠湾基地の最重要であった、工廠やオイルタンクへの攻撃を一切しなかったことでした。





Pearl Harborでは、
手痛いダメージを受けたが・・・



工廠もオイルタンクも
無傷だ・・・



我がUS海軍は
早期に復活してみせる!
この時、真珠湾の工廠やオイルタンクを撃破しておけば、「ミッドウェー」もなかったでしょう。
「あった」としても、「ミッドウェー」の状況は、遥かに帝国海軍に有利なはずでした。
「第二次攻撃」を大いに主張した山口多聞に関する話を、上記リンクでご紹介しています。



大変です!
外務省の話では・・・



奇襲攻撃の通告が、
「攻撃開始後」だったとのことです!



な、何っ!
あれだけ注意したではないか!



なんたる、
なんたること・・・
挙げ句の果てに「最後通牒」を外務省がしくじり、「奇襲攻撃後」となりました。
「通告前の真珠湾」に関する話を、上記リンクでご紹介しています。
確かに、これらの「稚拙極まりない戦略と戦術」は、米英ソ独では少ない現象でした。
この後も、帝国陸海軍は「兵力の小出し」など、基本的戦略ミスを多発しました。
「軍人バッコ」+「進むを知り、退くを知らない」帝国陸海軍


帝国陸海軍の将校は、本来は極めて優れたエリートでした。
ところが、頭脳明晰な昭和天皇から見ると、「問題あり」の戦略・戦術が多かったのでしょう。
「昭和天皇独白録」では、昭和天皇の皇太子(平成の天皇)への手紙の一部も公開されています。



敗戦について
一言言わしてくれ・・・
わざわざ、昭和天皇が息子である皇太子に「一言言わせて欲しい」と言っています。



我が国人が、あまりに皇国を
信じすぎて・・・



英米を侮ったことで
ある・・・



我が軍人は精神に重きをおきすぎて
科学を忘れたことである・・・



明治天皇の時には
山縣 大山 山本等の如き名将があったが・・・



今度の時はあたかも
第一次世界大戦の独国の如く・・・



軍人がバッコして
大局を考えず・・・



進むを知って
退くことを知らなかったからです。
この手紙からは、昭和天皇の「独白」以上の、赤裸々な思いが語られていると考えます。
特に最後の「軍人がバッコして大局を考えず」は、極めて重要です。
つまり、陸海軍将校たちが「跳梁跋扈して、指揮系統が滅茶苦茶だった」ことを明示した昭和天皇。
これでは、まともな戦争が出来るはずがありませんでした。
概ね、秩序だっていた米英軍と比較すると、かなり厳しい状況だったのが、帝国陸海軍でした。
さらに「進むを知って、退くことを知らなかった」も重要です。
合戦・戦争では、「一時的に後退して、戦線を退く」戦略は極めて重要です。
これを「一切しなかった」不思議な戦争指揮をしたのが、帝国陸海軍将校たちでした。
ここで特徴的なのは、公式の独白録において「第三」であった「陸海軍の不一致」がないことです。
おそらく、「陸海軍の不一致」よりも、「軍人バッコ」の方が遥かに重大だったのでしょう。
そして、支那事変以降、ずっと参謀総長・軍令部総長から上奏を受けていた昭和天皇は、



この間と
言ってることが違う・・・
こう思ったと考えられることが度々あり、実際に、杉山参謀総長などを叱責しました。
この「皇太子への手紙」こそ、昭和天皇の「本当の本音」だったのでしょう。



