戦艦と空母と海兵40期〜「日本海軍の顔」であり中心であった山本五十六長官・航空派の山口多聞司令官と大西瀧治郎参謀長・大艦巨砲主義の宇垣纏参謀長と福留繁軍令部第一部長〜|真珠湾奇襲攻撃37・太平洋戦争

前回は「米海軍のYamamotoへの視線〜全く想定外の正規空母6隻の機動部隊・キング司令官の戦略・強力なNagumoへの対策・負傷したキンメル長官:艦隊の再編成へ向かう米海軍〜」の話でした。

目次

「日本海軍の顔」であり中心であった山本五十六長官

第一航空艦隊編成(ビッグマンスペシャル 連合艦隊上巻 勃興編 世界文化社)

ちょうど「戦艦から空母へ」の過渡期に実施した真珠湾奇襲攻撃。

山本長官が立案した「正規空母6隻の集中運用による攻撃」は、当時は前代未聞でした。

空母部隊が、遠く離れたハワイに奇襲攻撃することは、当時考えられなかったのです。

山本五十六 連合艦隊司令長官(連合艦隊司令長官 別冊歴史読本 新人物往来社)

山本長官の戦略・戦術能力などに関しては、賛否両論あります。

一方、彼はまさしく「海軍の中心人物」でした。

これだけの前代未聞の大作戦を成し遂げた力量、そして「人をまとめる力」は卓越していました。

超強力な米国に
立ち向かうには・・・

正攻法だけでは
ダメなのだ!

日本海軍一丸となって、
米軍に総力で当たる!

まさに当時の日本海軍において、山本五十六長官は「日本海軍・連合艦隊の顔」だったのでした。

戦艦と空母と海兵40期:航空派の山口多聞司令官と大西瀧治郎参謀長

山口多聞 第二航空戦隊司令官(WIkipedia)

この中、二航戦の山口多聞司令官は早くから空母主軸論を張っていました。

これからは、
空母だ!

山口司令官は海軍兵学校40期で、この期は「花の40期」と言われるほど多士済々。

大西瀧治郎 第十一航空艦隊参謀長(連合艦隊司令長官 別冊歴史読本 新人物往来社)

同期には、早くから航空派に転じた大西瀧治郎 第十一航空艦隊参謀長がいます。

早くから、
航空機には目をつけていた。

俺が
山口を航空派に引き入れたんだ!

大西参謀長は山本長官から真珠湾奇襲攻撃をまとめる役目を命じられ、見事にまとめ上げました。

中国大陸で海軍の陸上航空隊の指揮を続けてきた大西と山口。

対米戦に入るまでに、非常に多くの経験を積んでいました。

そして、二人とも激情家だった大西と山口。

おい、
この作戦はなんだ!

貴様、
俺の作戦に文句つけるのか!

酔った勢いで、殴り合いの喧嘩もよくしていた大西と山口。

基本的思想は非常に似ていて、ウマがあった二人だったのです。

大艦巨砲主義の宇垣纏参謀長と福留繁軍令部第一部長

宇垣纏 連合艦隊参謀長(連合艦隊司令長官 別冊歴史読本 新人物往来社)

さらには山本長官を補佐する宇垣纏 連合艦隊参謀長も同期です。

「大艦巨砲主義の権化」とも言われた、宇垣参謀長。

巨大戦艦で
米国を叩き潰す!

かつて軍令部No.3の第一部長だった時に、巨大戦艦大和・武蔵の建造を誰よりも強く推進しました。


戦艦大和(Wikipedia)
戦艦武蔵(Wikipedia)

「山本長官とは合わなかった」と言われる宇垣参謀長。

戦艦こそが、
海軍の主力だ。

山本長官に仕えるうちに航空隊の威力を認め、補佐します。

確かに
航空隊の威力は凄まじい・・・

のちに、第五航空艦隊司令長官となった宇垣纏。

海軍の神風特別攻撃隊を指揮し、敗戦を迎えます。

第五航空戦隊 空母瑞鶴(Wikipedia)

他には、福留繁軍令部第一部長、第五航空戦隊所属の空母瑞鶴艦長の城島高次もいます。

福留繁 軍令部第一部長(Wikipedia)

非常に明晰な頭脳を持ち、「作戦の神様」と呼ばれていた福留部長。

福留君は、
柔軟で優れている・・・

山本長官の覚えもめでたかった福留。

どちらかというと大艦巨砲主義であったものの、航空戦の重要性は認識していた「中間派」福留。

戦艦も航空隊も
同様に重要だ。

海軍兵学校卒業期名前専門役職
32山本 五十六航空連合艦隊司令長官
36南雲 忠一水雷第一航空艦隊司令長官
37小沢 治三郎航空南遣艦隊司令長官
40宇垣 纏大砲連合艦隊参謀長
40大西 瀧治郎航空第十一航空艦隊参謀長
40福留繁大砲軍令部第一部長
40山口 多聞航空第二航空戦隊司令官
連合艦隊幹部の専門・役職・海軍兵学校卒業期(1941年12月)

海兵40期の猛者たちが、前代未聞の真珠湾奇襲攻撃を支えていました。

当時の連合艦隊は「海兵40期を軸に回っていた」と言っても過言ではないでしょう。

ただ、惜しむらくは真珠湾〜ミッドウェーでは、まだ海兵40期の面々には大した権限がありませんでした。

もう少し早い時期に、海兵40期の猛者たちに強い権限が付与されていたら、大きく変わっていたでしょう。

太平洋戦争の進行と様相が。

次回は上記リンクです。

新歴史紀行

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