滝川一益 14〜忍武神の奮闘〜|戦国武将

前回は「滝川一益 13〜北条家と決戦へ 2〜」の話でした。

滝川 一益(歴史群像シリーズ 図説・戦国武将118 学研)

滝川一益に関して、改めて考えている中で、彼に対する呼称を考えてきました。

新歴史紀行では、戦国時代の武将を取り上げ、「〜神」「〜将」をいう名前を独自につけています。

立花道雪は「武雷神」。

柴田勝家は「飛武神」。

竹中重治は「智清将」です。

取り上げる武将は、皆が独特の優れた能力を持っていますが、ある一定のレベルを超えると「〜神」と考えます。

そして、滝川一益。

あまり評価が高くない一益。

「信長の野望」シリーズでも、「天下統一」シリーズでも、「A級だが、決してS級ではない」一益。

普通に考えると「〜将」が妥当でしょう。

織田四天王

しかし、滝川一益を評価する際には、どうしても他の織田四天王(諸説あり)の羽柴・明智・柴田との比較となります。

そして、主人である織田信長。

織田 信長(歴史群像シリーズ 図説・戦国武将118 学研)

武田信玄も上杉謙信も「超一流」ですが、織田信長は彼らとは、また「別次元」の人物でしょう。

上記、「信長の野望」シリーズでも、「天下統一」シリーズにおいては、武田軍の能力が非常に高い。

武田四天王

中でも山県昌景は、とびきりの軍事能力を与えられています。

これは、のちに滅びた武田家に対する同情票も多く影響しており、いわば「判官贔屓」的な面もあります。

さて、滝川一益。

今回、さまざま調べた上で、やはり彼は「S級である」という結論に至りました。

そして、「忍武神」の呼称を与えたいと思います。

由来は、滝川が「忍びの出身」(諸説あり)という説があることに加え、非常に「耐え忍ぶ力」に長けているからです。

そして、「調略がメイン」と考えられてきた滝川ですが、やはり彼は「武の人」なのです。

そして、織田政権末期に、信長が警戒し続けた「武の超名門」武田家を叩き潰した、事実上の司令長官でした。

最後に、関東管領格となって関東鎮撫役となり、奥州への押さえも任されます。

どうしても、羽柴・明智・柴田と比べてしまう滝川ですが、特に羽柴・明智が「優れ過ぎている」のです。

そして、末期には2万近い軍勢を指揮します。

2万という軍勢を指揮する能力は、なかなか持てない。

山県昌景は西上作戦の際に、9,000〜12,000人程度を指揮しましたが、それとて「信玄の別働隊」という扱いです。

自ら2万の大軍を率いて、5万という大軍勢の北条と戦うに至る、滝川一益。

彼を「超一級の将軍」と評価して、話を続けたいと思います。

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