柴田勝家 4〜飛武神の奮戦〜

前回は「柴田勝家 3〜卓抜した戦闘力と統率力〜」の話でした。

柴田勝家(歴史群像シリーズ 図説・戦国武将118 学研)

戦国時代の武闘派武将を考えましょう。

上杉謙信が兄から家督を継いだ、いわば「生まれながらの大名」です。

上杉謙信(歴史群像シリーズ 図説・戦国武将118 学研)

それに対し、家臣のレベルでは柴田勝家は突出した能力と、帝王たる風格を持っているでしょう。

柴田勝家率いる北陸方面軍による、北陸侵攻戦の地図です。

北陸方面軍が、越前から北陸をズババッと猛烈な勢いで、突き進んでいる様子が分かります。

柴田勝家の北陸侵攻(歴史群像シリーズ51 戦国合戦大全下巻)

この突破力は、柴田率いる佐々・佐久間・前田たちの軍勢のみが、成し得る力です。

精鋭揃いの織田家といえども、成し遂げることは不可能だったでしょう。

織田家筆頭の、戦国最強の私だからこそ
出来たのだ!

佐々成政(歴史人2016年12月号 KKベストセラーズ)

手取川の戦いで上杉謙信に惨敗していますが、他の戦闘では概ね勝利を収めています。

相手が謙信とはいえ、手取川の戦いでの惨敗は「勝家らしくない」敗北っぷりでした。

上杉謙信(歴史群像シリーズ 図説・戦国武将118 学研)

戦国最強は、私なのだよ。

北陸の入口である加賀・越前は、他の国や地域との大きな違いがあります。

一時的とはいえ「本願寺・一向宗の占領する国になった」ことがあることです。

本願寺顕如(Wikipedia)

武田や上杉も強敵ですが、宗教の力によって束ねられ、数多くの鉄砲を持つ本願寺勢力。

「敵としては悪すぎる」相手です。

仏敵・織田信長を滅亡させよ!

それこそが、天国へゆける手段なのだ!

戦場での猛烈な突破力は、織田家にとって「なくてはならない武の要」であり、西の立花道雪と伍する武の帝王でした。

その一向一揆たちをねじ伏せる「北陸司令官」として、織田家の中で最強の武闘派指揮官として柴田勝家が選ばれました。

仮に秀吉や光秀が、北陸方面司令長官だったとしたら、どうだったでしょうか。

明智光秀(歴史群像シリーズ 図説・戦国武将118 学研)

彼らの能力ならば大きな成果を挙げたでしょうが、調略するにも相手が一向宗門徒では調略しようがないでしょう。

羽柴秀吉(歴史群像シリーズ 図説・戦国武将118 学研)

そして、秀吉・光秀お得意の包囲戦ではかなりの長期戦となったでしょう。

1580年の織田家勢力図(別冊歴史人 「戦国武将の全国勢力変遷地図」KKベストセラーズ)

いわば「柴田勝家にしか成し得ない」大いなる仕事を、信長に任された柴田勝家。

あの一向宗門徒どもと戦うのは、
権六(勝家)しか出来ぬわ!

猿やキンカンアタマ(光秀)では、
無理だ!

武田家・上杉家・徳川家などより、比較的智将肌の武将が多い織田家でした。

一向宗門徒を叩き潰し、織田の世をつくるのだ!

その織田家において、飛ぶように突き進む凄まじく高戦闘能力を持った勝家を「飛武神」と呼びたい。

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