柴田勝家 2〜武闘派の帝王〜|戦国武将

前回は「柴田勝家 1〜織田家随一の戦闘力を持つ男〜」の話でした。

柴田勝家(歴史群像シリーズ 図説・戦国武将118 学研)

今回も彼の卓抜した戦闘能力・軍事力の話です。

戦国時代の「武闘派」の武将に関して、考えます。

そもそも、「武闘派とは?」という話もありますが、ここでは野外の戦闘において、自ら前線指揮をとり突出して戦い、敵を撃破する武将としましょう。

いわゆる純軍事的能力の高い武将となります。

上杉謙信、武田信玄、本多忠勝、山県昌景、吉川元春、立花道雪、島津義弘、北条綱成・・・・・

当然ここには柴田勝家も入ります。

私が織田家の武の筆頭!
上杉謙信、武田信玄であろうと、私が倒してみせる!

オールマイティーな信長も、実は「武闘派」の一人で、若い頃から前線に自ら前線で指揮を取ることも多かったのです。

そして、織田家勃興期においても、明智光秀が三好三人衆に囲まれて窮地に陥った際、自ら前線で戦って救出しました。

織田信長(歴史群像シリーズ 図説・戦国武将118 学研)

最前線で軍の指揮をするのは、好きだ!

武田信玄はイメージは武闘派ですが、後方で各隊を指揮している感じでしょうか。

それなりの合戦で勝利している武将は皆「武闘派」になりますが、ここでは、「突破力のある」戦闘能力の高い軍事指揮官を「武闘派」と呼びたい。

山県昌景(歴史群像シリーズ 図説・戦国武将118 学研)

合戦は双方の駆け引きで、信長や秀吉などの著名な大名はみな、「駆け引き上手」です。

合戦も「外交の延長」であるという見方で考えれば、「駆け引き」は最も重要な要素かもしれません。

「駆け引き」が重要な一方、軍事的突破力・相手を薙ぎ倒す力、は大変重要です。

この力を持つ武将率いる部隊は、その突破力ゆえに、合戦の最前線で大きな力を発揮します。

そのような軍事的能力・突破力が強い武将がいないと、多くの国衆を束ねる大名家として、大きな信頼感を得るのは難しいでしょう。

上杉謙信(歴史群像シリーズ 図説・戦国武将118 学研)

柴田勝家は、この突破力ある武闘派としては帝王であったと思います。

「武闘派の帝王」の対抗馬としては、上杉謙信(長尾景虎)がいます。

謙信は、少し神がかり的であり、そもそも守護代の家柄出身で、イメージとは別に、総大将という立場上は合戦の前線に出てゆくことが少なかったでしょう。

合戦の前線で数々の敵を突破・突き破った柴田勝家。

私は、常に最前線で敵を突き崩してきた。

勝家を「武闘派の帝王」と呼びたい。

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