常に気品・威厳から「ジェントルマン将校」へ〜英国流海軍将校と貴族意識・「うまい弁当」を作ってくれた海軍兵学校・海上で戦う海軍将校の身体〜|草鹿龍之介13・一海軍士官の半生記・エピソード

前回は「「抜け穴もユーモアもある」海兵生活〜原爆をいち早く理解した草鹿・海兵生徒が「勇気百倍」する名物海兵羊羹・帝国海軍の階級社会〜」の話でした。

新歴史紀行
草鹿龍之介 第一航空艦隊参謀長(連合艦隊司令長官 別冊歴史読本 新人物往来社)
目次

「うまい弁当」を作ってくれた海軍兵学校:海上で戦う海軍将校の身体

New Historical Voyage
海兵39期卒業の将星たち:左上から時計回りに、山県正郷、伊藤整一、高木武雄、西村祥治(Wikipedia)
山県正郷

足を開け、
歯を食いしばれ!

とにかく、入学した途端に「鉄拳、鉄拳」だった海軍兵学校(海兵)の生活。

現在の学校環境では、到底考えられない「異常極まりない環境」でした。

草鹿龍之介

堅苦しき兵学校生活にも、馴れて来ると、
そこには抜け穴もあれば、ユーモアもある。

ところが、人間誰しも慣れてくると、「楽しいこと」や「抜け穴」もある楽しい一面もありました。

草鹿龍之介

日曜日には午前中から
外出が許可される。

草鹿龍之介

江田島の中なら
何処に行っても良い。

草鹿龍之介

古鷹に登る者もある。
高須の浜に行く者もある。

草鹿龍之介

土曜日に注文しておけば、
学校で弁当を作ってくれる。

草鹿龍之介

竹の皮に、麦飯とコンビーフと、(不明)の煮たものと、
沢庵数片を包んだ者もに大概決まっている。

草鹿龍之介

それでも空腹時には
うまい。

草鹿龍之介

竹の皮に包んだ麦飯も、
海水につけて食えば、結構うまい。

とにかく、食には恵まれていた海軍兵学校生徒たち。

出かける際に、弁当を作ってくれ、その弁当が「結構美味しい」ことは、青年にとって超重要です。

New Historical Voyage
海軍兵学校:朝食(江田島海軍兵学校 別冊歴史読本33 新人物往来社)

大日本帝国の海を護る海軍軍人を指揮する海軍将校を育てる教育機関であった海軍兵学校。

そこでは、「海軍将校としての心得・人格・指揮能力」が徹底的に鍛えられました。

「軍隊指揮官」という極めて重大な使命と、苛烈な環境は陸海軍同じでした。

その一方で、陸軍と海軍では、「戦場が大きく異なる」のが現実でした。

双方の航空隊を除けば、「多くの場合、陸上で戦う」陸軍将校・軍人たち。

それに対して、「多くの場合、海上・艦艇で戦う」海軍将校・軍人たち。

海上・艦艇で戦えば、艦艇が沈没すると、海に投げ出されて、自分で泳がなけれ溺れ死にます。

そのため、陸軍より、より「頑健な体」を求められた海軍。

帝国海軍将校たちを育成するために、海軍兵学校では、極めて食に厚い環境でした。

常に気品・威厳から「ジェントルマン将校」へ:英国流海軍将校と貴族意識

New Historical Voyage
海軍兵学校:夕食(江田島海軍兵学校 別冊歴史読本33 新人物往来社)

現代の視点から見れば、食器などは質素ですが、頑健な身体を作る食事が提供された海兵。

海軍兵学校卒業期名前専門役職
28永野 修身大砲軍令部総長
32山本 五十六航空連合艦隊司令長官
36南雲 忠一水雷第一航空艦隊司令長官
37小沢 治三郎航空南遣艦隊司令長官
39伊藤 整一大砲軍令部次長
40宇垣 纏大砲連合艦隊参謀長
40大西 瀧治郎航空第十一航空艦隊参謀長
40福留 繁大砲軍令部第一部長
40山口 多聞航空第二航空戦隊司令官
41草鹿 龍之介航空第一航空艦隊参謀長
連合艦隊・軍令部の専門・役職・海軍兵学校卒業期(1941年12月)

第二次世界大戦を戦った海軍将校たちは、皆が海兵の「同じ釜の飯」を食べて育ちました。

草鹿龍之介

勿論、帰校時間は
定められている。

草鹿龍之介

何事があろうとも、
この時刻までには帰らねばならぬ。

草鹿龍之介

定刻には、
帰校点検がある。

草鹿龍之介

各分隊伍長が、
自分の分隊全員が揃っていることを調べて・・・

草鹿龍之介

当直将校に
報告する。

草鹿龍之介

当直将校は、全分隊の報告を
待って自ら各分隊の各生徒を一通り点検する。

とにかく、厳格極まりない教育体制であった海兵。

草鹿龍之介

将来、海軍将校たる生徒は、
常に気品を保たなくてはならぬ。

草鹿龍之介

売店の使用人、学校の小使、食堂の賄夫、
散髪屋等に、親しき言葉を掛けたり・・・

草鹿龍之介

笑顔を見せたりしては
いけないのである。

草鹿龍之介

常に威厳を保たねば
ならぬ。

草鹿龍之介

そこで、売店の使用人は小僧、
小使は雇使(ようし)、賄夫は賄(まかない)・・・

草鹿龍之介

散髪屋は剃夫(ていふ)と
怒鳴られる。

草鹿龍之介

イギリス海軍の士官には、
貴族出身が多いと言われるが・・・

草鹿龍之介

その遺風が、こんなところまで
伝わったのかも知れぬ。

とにかく「エリート意識」を強く持たせることにも重点が置かれた海兵の教育。

現在の高校生から大学1〜2年生頃の学生は、学校で働く人々とは「別格」でした。

「笑顔を見せてはならぬ」のであり、常に威厳を保って堂々としなければならなかった海兵生徒たち。

このような環境にいれば、普通の人ならば、大抵は傲慢な性格になってしまいそうです。

新歴史紀行
戦艦三笠に座乗する東郷平八郎連合艦隊司令長官(Wikipedia)

「とにかく英国式」であった明治の帝国海軍。

日本海海戦で大奮戦した連合艦隊旗艦・三笠もまた、英国製でした。

そして、「英国流」の海軍は、ジェントルマンであることを極めて強く求められました。

現代の視点から見れば、いかにも異様ながら、大勢の「ジェントルマン将校」を育てた海兵。

不思議な環境ながら、現代の教育にも参考になる点が多数ありそうです。

New Historical Voyage

この記事が気に入ったら
フォローしてね!

目次