前回は「帝国の反応を静かに観察するル大統領〜「武力行使に勝る痛苦」と資源・「国防上、死活の重大事態」に直面した日本・米「経済断交」の影響〜」の話でした。
大日本帝国に「ほぼ宣戦布告」の米国:太平洋米英軍の大増強

大日本帝国政府から見れば、「慎重に日米交渉継続中」に、一気に「対日資産凍結」に至りました。

大東亜戦争全史経済断交は、日本にとっては、
正に武力行使にも勝る痛苦であったのである。
当時、石油・鉄鋼・機械など、超重要物資を米国に思い切り頼っていた帝国。
大日本帝国にとって、軍事活動・経済活動・国家運営など全てにおいて超緊急事態となりました。



かかる液体燃料についての
致命的な重圧に加えるに・・・



東亜における所謂ABCDの対日包囲態勢は
益々強化せられ、・・・



且つ米国の軍備
就中軍備の増強に伴い・・・



日米軍備の懸隔は加速度的に
増大するものと見られた。



ノックス海軍長官は、六月三十日
ボストンにおいて、





今こそ
米海軍を用うべきの秋(とき)!



なる旨演説し、
ついで七月二十三日、



米海軍は米国の極東政策遂行上、
必要な措置を敢行し得る!



と
言明した。
米国内のノックス海軍長官の発言を、大本営はリアルタイムで知っていたと思われます。
ほぼ「米国からの宣戦布告」とも取れる発言を、1941年7月に米国政府は行なっていました。



七月二十六日には、
極東米陸軍司令部が比島に創設せられ・・・



マッカーサー将軍の麾下に置かれ、八月五日マレー政庁は、
英増援部隊のシンガポール到着を発表した。
「武力行使以上の痛苦」であった経済断交に加え、大日本帝国周囲では、急速に米英軍が増強しました。
この流れを見ていれば、帝国政府・陸海軍としては、「黙っていられない」状況です。
そして、この状況を作り出していたのは、米政府でした。
近衛首相提案の「日米トップ会談」:「一見乗り気」のルーズベルト


そして、日本人にとって「最も馴染み深い米国人」の一人であるマッカーサーが登場しました。



八月二十六日、ルーズベルト大統領は、
マグルーダー准将を団長とする・・・



軍事施設を重慶に
派遣することを言明した。
事実上「日中戦争」であった支那事変では、米国は早くから蒋介石政府を支援し続けました。





私は
Chinaは大好きなのだ!
実は、ルーズベルト大統領は、当初から支那・中国を好んでいた説が有力です。
その理由は、ルーズベルト家が、支那・中国との貿易によって財をなしたことも一つでした。
幼い頃から、支那・中国から輸入された文物に囲まれて成長したルーズベルト大統領。
ルーズベルト大統領にとっては、「馴染み深い」存在であり「重大な権益がある」支那・中国。
その支那・中国を「一方的に踏み躙っている存在が、大日本帝国」でした。



Chinaは、
とことん支援する!
この頃、大日本帝国は、中華民国の首都・南京を陥落させ、蒋介石は重慶に首都を移転していました。
このこともあり、当時は、支那・蒋介石政権を「重慶」と表現することが多かったのでした。
「重慶に軍事施設派遣」ということは、帝国政府にとっては、完全な「敵対行為」でした。



以上の如き国防上の重大危機に
直面し、大本営陸海軍部は・・・



これが打開の方策について、
肝胆をくだきつつあった。



当時、一日の待機は約一万二千トンの
油を消費していたのである。
猛烈な勢いで軍備を整えていた帝国陸海軍は、一日で約一万二千トンもの油を消費していました。
もはや一日も早く解決しなければ、国防がもたない状況に追い込まれた大日本帝国。
ここで、帝国政府は、懸命に米国に申し入れをしましたが、なかなか沈静化しませんでした。
どうにもならないこう着状態の中、帝国政府の近衛首相は、一大決心をしました。





野村大使とハル長官の
話し合いでは、日米交渉は進まない・・・



ここは、この近衛と
ルーズベルト大統領がトップ会談するしかない!
近衛首相は、こう考え、帝国政府の大臣たちもまた同意しました。



次いで政府は八月七日、
近衛首相の発意による・・・



日米両国首脳の直接会議を
提議した。



ルーズベルト大統領!
この近衛とトップ会談しましょう!



然るに米国は、仏印を中心とする局地的解決案に
対しては、さしたる興味を示さず・・・



日米首脳会談については、ハル国務長官は
極めて冷淡であったが・・・



ルーズベルト大統領は、
一見乗り気のようでもあった。



当時ルーズベルト大統領は、英国首相
チャーチルと大西洋上で会談し・・・



八月十五日、所謂大西洋憲章を
宣言して帰還した直後であった。





JapanのKonoeが、
我がRoosevelt大統領と直接会談、だと・・・



そんなもの
どうでも良いわ!
「近衛・ルーズベルトのトップ会談」に対して、ハル長官が冷ややかだったのは当然でした。
それまでは、自分がトップで交渉してきた日米交渉。
ここで、ルーズベルト大統領に直接出てこられては、自分のメンツが潰れてしまうからです。



Konoeが
私と直接話したい、と・・・



さて・・・
それも「アリ」か?
対して、ルーズベルト大統領は「一見乗り気」でした。
なんとなく「米政府に振り回され続けている」のが、当時の帝国政府でした。

