前回は「さっぱり地鶏だし塩の「龍馬鍋つゆ」・龍馬最後の軍鶏鍋をイメージ〜とても美味しいヤマキ歴史人物鍋つゆ・龍馬と高杉と西郷がモチーフ〜」の話でした。
高杉晋作の好んだ鯛「高杉晋作鍋つゆ」:さっぱりした透明感高いつゆ

昨年冬、筆者は近くのスーパーで「龍馬鍋つゆ」を知り、とても美味しいのでファンになりました。
その後何度も何度も「龍馬鍋つゆ」で、鍋を食べましたが、夏を前に鍋つゆの販売が一気に落ちました。
仕方ないので、ネットで購入しようと考えた結果、「龍馬鍋つゆ」以外の上の二つの鍋つゆを知りました。
早速購入して、食べてみると、いずれもとても美味しいかったです。

龍馬鍋つゆ坂本龍馬が最後に食べようとした軍鶏鍋を
イメージした鍋つゆです。
さっぱりした白色の「地鶏だし塩」味の「龍馬鍋つゆ」に続いて、「高杉晋作鍋つゆ」に早速トライです。





高杉晋作の好んだ鯛からとった
出しを使った鍋つゆです。
「高杉晋作が好んだ鯛」のだしを使った鍋つゆである、「高杉晋作鍋つゆ」。



宇和海産真鯛のだしのうま味に
さわやかな柚子の香りを効かせました。
さらに「柚子の香り」が効いている、と書いてあり、とても美味しそうです。
早速食べてみると、透明感の高いだし汁で、とても美味しかったです。
「龍馬鍋つゆ」よりも、さっぱりした味で、筆者は一気に「高杉晋作鍋つゆ」のファンになりました。
幕末維新の扉開けた高杉の「瑞々しい爆発力」:鳥羽・伏見半年前病死の無念


「幕末の風雲児」という言葉が、ピッタリと当てはまる高杉晋作。
幕末維新の人物たちは、皆「際立った実行力」を持っている中、高杉の実行力はピカイチでした。



夷狄などに
好きにさせるか!



夷狄に一泡
吹かせてやろうぜ!



松陰先生の
「実行あるのみ!」の精神だ!
見方によっては「少し幼い発想」だったとも言える、長州藩士たちの若々しいパワー。
実際、高杉晋作、久坂玄瑞らの「瑞々しい爆発力」によって、幕末維新の扉は開かれました。
疾風の男・高杉晋作に関する話を、上記リンクでご紹介しています。
まさに、「長州流・猛烈竜巻」の中心にいた高杉晋作。
そして、猛烈な勢いで、高杉晋作は生命エネルギーを使い果たしてゆきました。



おもしろき、
こともなき世を、おもしろく・・・・
そして、パッと病死してしまった高杉晋作。
| 名前 | 生年 | 所属 |
| 大村 益次郎(村田 蔵六) | 1825 | 長州 |
| 岩倉 具視 | 1825 | 公家 |
| 西郷 隆盛 | 1827 | 薩摩 |
| 武市 瑞山 | 1829 | 土佐 |
| 大久保 利通 | 1830 | 薩摩 |
| 木戸 孝允 | 1833 | 長州 |
| 江藤 新平 | 1834 | 佐賀 |
| 坂本 龍馬 | 1835 | 土佐 |
| 中岡 慎太郎 | 1838 | 土佐 |
| 山縣 有朋 | 1838 | 長州 |
| 高杉 晋作 | 1839 | 長州 |
| 久坂 玄瑞 | 1840 | 長州 |
| 伊藤 博文 | 1841 | 長州 |
維新の志士たちの中でも、圧倒的に若手だった高杉晋作は、1867年5月17日に病死しました。
29歳(数え年)で、鳥羽・伏見の戦いの半年前でした。
あと一年、高杉が生きていたら、幕末維新は、さらに面白い展開になったでしょう。
歴史ファンも、そうでない方も、ぜひ「高杉晋作鍋つゆ」を試してみてください。


