安土城天主閣からの眺め〜織田信長が見た夢・日本の将来・安土の場所〜|織田信長と安土城

前回は「たそがれの安土城址〜織田信長の夢の跡〜」の話でした。

目次

安土城:石段を上がる

安土城址(新歴史紀行)

織田信長の夢へ駆ける思いを想像しながら、安土城跡の石段を登りました。

この日は、曇りで天候があまり良くなかったこともあり、周辺には僕しかいません。

安土城趾の山(新歴史紀行)

安土城のある山(安土山)は、標高が大して高くなく、「小高い丘」に近い山です。

それでも山である以上、麓から石段を上がってゆくと、結構な距離があります。

安土城図(歴史人2016年12月号KKベストセラーズ)

まさに山城である、安土城。

ビルなどはなく、2階建ての建築が多かった信長の時代。

安土城の時期までの時期で大きな城は、小田原城・春日山城などがあります。

あるいは、「最初の天主閣のある城」と言われる松永久秀が築城した多聞山城。

戦国大名 松永久秀(Wikipedia)

多聞山城は現存しませんが、安土城の天主閣と比較したら、小さな規模だったでしょう。

32mほどの安土城天主閣が安土山にそびえ立った時、「非常な威容だった」だったと思われます。

丹羽 長秀(歴史群像シリーズ 図説・戦国武将118 学研)

信長から奉行を命ぜられた丹波長秀も、

大変な
巨城だ・・・

経済力のある織田家なので、予算は莫大にあると言っても、まだ戦国時代で方々で合戦が起きていた当時。

これだけ膨大な城を「一から築く」総指揮をとった長秀の才覚もまた、かなり高いレベルです。

あの辺りに
天主閣があったのだろう・・・

そんなことを考えながら、石段を一人上がりました。

少し寂しい感じもありますが、

周囲を気にせずに、
思う存分、楽しめる!

と楽しい気持ちもありました。

信長・織田家臣団の思い

織田四天王:左上から時計回りに柴田勝家、明智光秀、羽柴秀吉、滝川一益(Wikipedia)

専制体制であった織田家においては、「すべての大事なことは信長が独断で決定していた」体制でした。

とはいえ、信長といえども、家臣団には「相応の配慮」をしていたでしょう。

特に軍団長・司令官格で、信長より年上の光秀・勝家・一益の三人には、相応の待遇をしていたと思われます。

名前生年(一部諸説あり)
織田信長1534年
柴田勝家1522年
丹羽長秀1535年
羽柴秀吉1537年
明智光秀1528年
滝川一益1525年
織田信長と織田家方面司令官の生年

この意味では、いかに「信長専制」といえども、「各方面軍司令官あっての織田家」でした。

それは、織田家があまりに急速に膨張した結果でもあり、その原動力でもあったのでした。

1580年の織田家勢力図(別冊歴史人 「戦国武将の全国勢力変遷地図」KKベストセラーズ)

余の夢を
安土城に託す・・・

そう考えていた信長でしたが、重臣である勝家・一益・光秀・秀吉・長秀たちもまた、

長い、長い
戦いであった・・・

尾張半国の
三家老だった信長様の織田家・・・

義昭様とも
色々あったが・・・

信長様を追いかけて、
ついにここまで・・・

大変な巨城を
なんとか作り上げた・・・

そんなふうに思っていたことでしょう。

天主閣から琵琶湖の眺め

そして、天主閣のあった場所に出ます。

天主閣から、琵琶湖を見晴らしましょう。

日本の象徴的湖で、当時は水運の要であり、農業にも大いに役だった大いなる湖です。

安土城から琵琶湖を望む(新歴史紀行)

少し曇りでしたが、琵琶湖がよく見えます。

信長の頃とは琵琶湖の大きさも違いますが、琵琶湖がパーっと広がっていた光景が目に浮かびます。

当時は、水運が非常に重要でした。

信長の安土城・光秀の坂本城・秀吉の長浜城・津田信澄(光秀の娘婿)の大溝城で水運ネットワークが構築されています。

琵琶湖ネットワーク(別冊歴史人2016年12月号ベストセラーズ)

琵琶湖を船で移動すると、陸路よりも早く移動できるので、京へのアクセスもとても良かったのです。

天主閣跡地から、岐阜側を見てみましょう。

安土城から岐阜側を臨む(新歴史紀行)

今日でも、広大な田園風景が広がっています。

当時は、なおさら平坦で実りある「美しい肥沃の地:近江国」が広がっていた事でしょう。

織田信長が、築城する場所として安土を選んだ理由。

それは、京へのアクセス・交通の要衝・山の上である事など様々な要素があります。

そして、「夢を具現化した」安土城の天主閣から、信長は「天皇のいる京を見下ろした」のでしょう。

余が、
この国の帝王なのだ・・・

こうして上から眺めてみると、分かる気がしてきます。

織田信長(歴史群像シリーズ 図説・戦国武将118 学研)

天下統一へ向けて、信長が「この地を選んだ気持ち」が。

新歴史紀行

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