織田信長の夢の跡:たそがれの安土城址|戦国時代

前回は「織田信長の野望と夢を育んだ美濃国と岐阜城」の話でした。

いよいよ信長の夢の城でした安土城址です。

武田信玄・上杉謙信などの戦国大名と、織田信長の大きな違いの一つに「居城を何度か変えた」ことがあります。

これは非常に大きな特徴で、信長以外にこれほど拠点を、次々に変えた大名はいないです。

むしろ、武田信玄も上杉謙信も「拠点は変えない」方針を貫きました。

自分の目標へ向けて拠点を移動する事は、とても合理的なことですが莫大な費用もかかります。

そして、家臣団からの反対もあるでしょうから、簡単にはできないことです。

1573年頃の織田家周辺勢力図(別冊歴史人 「戦国武将の全国勢力変遷地図」KKベストセラーズ)

1567年に稲葉山城(岐阜城)攻略・拠点移転後10年とたたない1576年、信長は丹羽長秀に安土城築城を指示します。

武田信玄の脅威が去り、浅井・朝倉との戦いが終わって一息ついた信長。

安土城図(歴史人2016年12月号KKベストセラーズ)

安土城は本能寺の変で消失してしまい、「安土城跡」となってしまった安土城。

山の麓から登ってみます。

石畳が続きます。

結構急で、山登りみたいな感じです。

安土城址 1(新歴史紀行)

この石畳は1582年に消失した時から、どのようになってきたのでしょう。

ひょっとしたら、織田信長や羽柴秀吉が、この階段を上がっていたかもしれません。

そんなふうに歴史の息吹を感じながら、歴史的な場所を訪問するのは楽しいです。

安土城址 2(新歴史紀行)

時々平地があって、羽柴(豊臣)秀吉邸跡もあります。

この場所に、秀吉は邸宅を構えていたんですね。

羽柴秀吉(歴史群像シリーズ 図説・戦国武将118 学研)

安土城の頃は秀吉は各地を転戦していて、ここでゆっくりしている時間は少なかったのでしょう。

しかし、過去のある時点で、ここに実際に秀吉がいたのです。

織田信長(歴史群像シリーズ 図説・戦国武将118 学研)

信長に拝謁する時、
秀吉が、まさにこの階段を
駆け上がっていったのでは

などと勝手な夢想をしながら、歩いてみるのも一興です。

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