明智光秀 4〜西の押さえとなる光秀〜|戦国武将

前回は「明智光秀 3〜鉄砲軍団織田家における光秀の軍事的役割〜」の話でした。

明智光秀(歴史群像シリーズ 図説・戦国武将118 学研)

「鉄砲の明智」にしては、なぜか明智光秀は長篠の合戦に出陣していません。

織田軍が、「3000丁の鉄砲を持って合戦に臨んだ」ことには諸説あります。

信長としては各方面に敵がいて、本願寺・一向一揆に最も手を焼いていました。

武田家を粉砕することは、最重要課題だった織田家。

織田信長(歴史群像シリーズ 図説・戦国武将118 学研)

とにかく、鉄砲をかき集めよ!

信長は、織田家の鉄砲をかき集め、堺などでも大量に発注をして、鉄砲を揃えたでしょう。

武田 勝頼(歴史群像シリーズ 図説・戦国武将118 学研)

それにより「数は確保できた」としても、やはり鉄砲隊を指揮する熟練の指揮官は非常に大事です。

ほぼオールスターで、乗り込んできている武田家。

山県 昌景(歴史群像シリーズ 図説・戦国武将118 学研)

織田家もオールスターで臨みたい気持ちであったでしょう。

織田家の主力を結集せよ!

滝川一益らがいるとしても、鉄砲隊メインであれば優れた指揮官は、全て揃えたい信長。

世に知られている「鉄砲3段打ち」は後世の創作の可能性もあります。

徳川家の酒井忠次が大きく迂回して、武田家の背後を奇襲していたことが大きなポイントです。

武田家の退路を断つ作戦に出たのです。

長篠合戦図(図説豊臣秀吉 戎光祥出版 柴裕之編著)

少なくとも武田家の強力な騎馬隊に対して、信長は鉄砲隊をメインとして対抗したのは事実でしょう。

そうでなければ、「大勝する」のは難しい状況であったと思います。

長篠合戦図屏風で滝川一益・佐々成政・前田利家らが鉄砲隊を指揮していた様子が描かれています。

鉄砲隊を指揮する滝川一益(戦国合戦絵巻 ダイヤプレス)
鉄砲隊を指揮する前田利家(戦国合戦絵巻 ダイヤプレス)

荒木村重は、もともと摂津がメインで「西側の要」の役割をしていました。

なぜ、明智光秀は長篠の戦いに出陣を命ぜられなかったのでしょうか。

1575年の織田家と諸大名の関係(歴史人2020年2月号 KKベストセラーズ)

長篠の合戦において武田勝頼が15,000人ほどの軍勢で、対する織田・徳川軍が38,000人ほどの軍勢です。

いかに武田の騎馬隊が強くても、人数と鉄砲の上では十分と考えられます。

当時の信長の版図は美濃が本拠地ですが、京・山城は戦略上最重要拠点です。

四国までその勢力を伸ばしていますが、山城は丹波や摂津がまだ押さえ切れてません。

かつて、摂津・阿波などを押さえていた三好の残党などの軍勢が押し寄せてくる可能性があります。

武田家の騎馬隊に対する突破力として、柴田勝家は不可欠です。

信長としては武田家との決着は最重要とは言え、自ら長篠方面へ出陣する必要があります。

織田家前線かつ最重要拠点の「京の確保」に関して、不安はあったでしょう。

私が不在の間、京・山城は大丈夫か?

対武田が最重要である一方で、

合戦前後の期間は、なんとしても山城の守りは固めたい!


最終的に織田家最高の布陣となる「織田家オールスター」とも言える武将たちに出撃を命じ、自らも出馬します。

足利幕府は潰したが、まだ2年しか経ってない。

朝廷との関係も大事だ。

軍事も政治もできるのは、私以外には、
あやつしかおらぬ!

そして熟慮の結果、明智光秀は長篠に行かせなかったのでした。

光秀よ!
私の代わりに京を押さえよ!

ははっ!

この光秀にお任せを!

武田家に致命傷を与える覚悟で長篠に乗り込む信長。

自身が東に行っている間の西の固めを、光秀に託したのでした。

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