江戸初期の大砲の砲撃に耐えられる堅牢な高知城〜籠城戦の変化・金物が多い城郭建築・柔構造と剛構造〜|高知城8・土佐の象徴

前回は「水城のような平山城・高知城〜「全国一の捕鯨」と漁業の土佐国・天守閣隣接の御殿築いた一豊〜岐阜城と金華山麓の信長の御殿〜」の話でした。

目次

江戸初期の大砲の砲撃に耐えられる堅牢な高知城:籠城戦の変化

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高知城(新歴史紀行)

典雅な御殿が付属する高知城の天守閣。

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高知城(新歴史紀行)

1602年から1611年頃の「平和な時代」に築城されましたが、もちろん「城としての機能」はバッチリです。

上の写真の通り、鉄砲狭間や石落としなど、籠城戦への対応が随所に見られる堅城です。

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高知城(新歴史紀行)

天守閣内部の柱はかなり太めであり、建物を支える以上に頑丈です。

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高知城:山内一豊像(新歴史紀行)
山内一豊

最近は、南蛮から
大砲などが輸入されている・・・

山内一豊

大砲で城を砲撃するのが
当たり前の時代になるだろう・・・

新歴史紀行
戦国大名 大友宗麟(Wikipedia)

戦国期、信長に先駆けて南蛮などと交易していた大友宗麟。

大友宗麟は日本で最も早い時期に、南蛮から大砲を輸入して実戦に使用していました。

大友義鎮

我が大友は
九州一の守護大名だったのだ!

大友義鎮

そして、この宗麟は
異国との交易に注力したのだ!

大友宗麟に関する話を、上記リンクでご紹介しています。

戦国末期から江戸初期は、籠城戦の戦い方が変わった時代の節目でもありました。

鉄筋コンクリート造や鉄骨造と比較すると、華奢に思われる傾向がある木造。

実は、木造は構造体としては、かなり頑丈であり弱点は「火に弱い」ことです。

山内一豊

大砲で砲撃されても
十分に持ち堪える構造にするのだ!

高知城の柱と梁は、極めて堅牢な木造建築で、当時の大砲の砲撃にある程度耐えると考えます。

金物が多い城郭建築:柔構造と剛構造

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高知城(新歴史紀行)

縦横に組まれた梁(床を支える部材」もまた、かなり頑丈に作られています。

現在の木造建築は、建築基準法の改正により、柱と梁、梁と梁の接合部はほとんど金物によります。

かつての日本の木造建築は、上の写真のように、互いに削って組み合わせた継手・仕口でした。

金物による接合の方が頑丈ですが、継手・仕口による「木造本来の構造」も総合的に頑丈です。

継手・仕口による接合は、「硬さ」では金物に劣りますが、「しなやかさ」で建物を支えます。

継手・仕口の部分が金物ほど頑丈ではない代わりに、地震などの際に、この部分がしなります。

そして、この「接合部のしなり」で、地震動のエネルギーを適度に分散します。

かつての木造建築の特徴を「柔構造」と呼び、金物による頑丈な木造建築を「剛構造」と呼びます。

「柔構造」と「剛構造」のどちらが良いかは、専門家の間で意見が分かれます。

筆者は、木造は「柔構造」の方が良いと考えています。

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高知城(新歴史紀行)

高知城の特徴は、柱と梁の接合部に金物が多用されていることです。

昔のままの構造である「現存十二天守」の一つの高知城。

現存十二天守

・姫路城(兵庫県姫路市)

・彦根城(滋賀県彦根市)

・犬山城(愛知県犬山市)

・松江城(島根県松江市)

・松本城(長野県松本市)

・丸亀城(香川県丸亀市)

・丸岡城(福井県坂井市)

・宇和島城(愛媛県宇和島市)

・備中松山城(岡山県高梁市)

・高知城(高知県高知市)

・弘前城(青森県弘前市)

・松山城(愛媛県松山市)

現存十二天守の中では、かなり金物が多い印象です。

山内一豊

最近は、金物を
使う構造が多いらしい・・・

山内一豊

我が高知城でも
金物をたくさん使うのだ!

山内一豊

そして、日の本一頑丈で
優雅な城を目指す!

おそらく、山内一豊はこのように考え、金物を多用したと考えます。

規模と比較して、巨大さや異常な堅牢さに大きな特徴があるのが高知城です。

次回は上記リンクです。

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