水城のような平山城・高知城〜「全国一の捕鯨」と漁業の土佐国・天守閣隣接の御殿築いた一豊〜岐阜城と金華山麓の信長の御殿〜|高知城7・土佐の象徴

前回は「美しい日本的空間を作った一豊の思い〜「鯨酔侯」山内容堂の書と座敷・広々とした柱梁の軸組建築の空間・「格の違い」示す座敷の段違い〜」の話でした。

目次

天守閣隣接の御殿築いた一豊:岐阜城と金華山麓の信長の御殿

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高知城(新歴史紀行)

「関ヶ原」の直後であった、1602年から築城が開始された高知城。

長宗我部元親が築いた高知城があったものの、小規模であり「ほぼ一から築城」だったと思われます。

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高知城(新歴史紀行)

天守閣に隣接して、実に優美な平屋の日本建築をつくった山内一豊。

本来であれば、「天守閣を立派にする」ことに思考が向きがちですが、一豊は意気込みました。

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高知城:山内一豊像(新歴史紀行)
山内一豊

天守閣を立派にするのは
当然だ・・・

山内一豊

さらに、天守閣に隣接して
我が藩主や幹部のための御殿をつくるのだ!

この「天守閣以外の御殿」という発想は、なかなかありませんでした。

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岐阜城見上げ(新歴史紀行)

岐阜城の麓には、信長流の御殿が作られた説が有力です。

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戦国大名 織田信長(歴史群像シリーズ 図説・戦国武将118 学研)
織田信長

この信長!
尾張と美濃で100万石よ!

織田信長

山城の岐阜城は、
天守閣が高過ぎる・・・

織田信長

地上部分に、
御殿が必要だ!

1867年に斎藤氏の稲葉山城を攻略して、岐阜城と改名し、天下を望んだ信長。

かなり高い山であった金華山に築城していた岐阜城は、見上げるような山上にありました。

そのこともあって、金華山の麓に「天守閣とは別の御殿」を建築した信長。

信長の発想は確かに合理的であり、100万石であった織田家にとっては、御殿建築は容易でした。

それに対して、24万石であり「少し高台の天守閣に隣接」した御殿を築いた一豊。

名前生年
織田信長1534年
羽柴秀吉1537年
山内一豊1546年
石田三成1560年
福島正則1561年
加藤清正1562年
織田信長、羽柴秀吉、山内一豊と周囲の武将の生年

もともと織田家出身であり信長に仕えていた一豊は、当然、岐阜城の御殿を知っていたでしょう。

山内一豊

岐阜城のような
御殿を!

それにしても「身の丈に合っていない」御殿を建築した一豊は、かなり思い切ったのでしょう。

水城のような平山城・高知城:「全国一の捕鯨」と漁業の土佐国

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高知城(新歴史紀行)

山内一豊が高知城を築いた頃の築城図が、上の写真です。

現代も、高知市内の川に向かって、小さな湾のような形状をした川があります。

当時は、もう少しさらに高知城に近い位置まで、湾が延びていたことを示しています。

川というよりも、ほとんど海であった湾に面した高知城は、豊かな河川などの水系に恵まれていました。

そして、高知城下は多数の河川があり、堀と連動した「水城のような」デザインでした。

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高知城(新歴史紀行)

徳川家光の頃の「土佐国絵図」が上の写真です。

山国・土佐において、高知城が平地にあり、多数の河川があったことが明確に記されています。

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高知城(新歴史紀行)

天守閣城内に入ると、上の写真のような「石落とし」がありました。

山内一豊

華麗な城を
築城するのだ!

山内一豊

だが、まだまだ合戦は
起こるかも知れぬ・・・

山内一豊

天下一の堅城を
目指すのだ!

一豊は、このように考えて「華麗であり、落城しない堅い」城を目指したでしょう。

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高知城(新歴史紀行)

城内の様々な位置には、地元の名産品である土佐漆喰が多数使われていました。

山内一豊

土佐独自の
城を築くのだ!

山内一豊

土佐漆喰を
ふんだんに使用して・・・

山内一豊

我が土佐にしかない
城を築城するのだ!

全国に「漆喰の名産地」はいくつかありますが、中でも土佐漆喰はかなり有名です。

城郭のグレードアップと地元振興を考えて、高価な土佐漆喰が大量に使用されたと思われます。

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高知城(新歴史紀行)

他にも、様々な「難攻不落の城」の痕跡が残っています。

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高知城(新歴史紀行)

小さな小窓のような開口は、鉄砲狭間です。

このような鉄砲狭間が多数残されており、籠城戦の際には、ここから鉄砲が火を噴く想定でした。

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高知城(新歴史紀行)

天守閣内には、江戸期の高知城をイメージした巨大な模型が展示されていました。

やや高台に建築されて、複数の大きな階段によって接続した高知城の雰囲気がよく分かります。

おそらく、戦国期から江戸期にかけて「捕鯨が日本一盛んだった」土佐国。

そして、おそらく「全国有数の漁業の国」であった土佐国。

その土佐国の中心であった高知城は、海に面した水城のような平山城という不思議な城でした。

次回は上記リンクです。

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