「岩倉公実記」から見る幕末維新の真相〜「幕末維新の大妖怪」岩倉具視の視点と歴史〜|岩倉公実記1・エピソード

前回は「公家らしくなかった岩倉具視〜「岩吉」と呼ばれた幼少期・羽林家岩倉家に養子縁組・「上が望めぬ」下級公家の立場〜」の話でした。

目次

「岩倉公実記」から見る幕末維新の真相

New Historical Voyage
岩倉公実記:皇后宮色御蔵版(新歴史紀行)

今回は、岩倉公実記に関する話です。

歴史の真相を知るためには、様々な古書・古典や昔の資料を読むことが大事です。

幕末維新の歴史は、160年ほど前の歴史であり、多数の資料や当時の書類が残されています。

新歴史紀行
左上から時計回りに、木戸孝允、岩倉具視、大久保利通、西郷隆盛(国立国会図書館)

中でも、幕末維新の中心人物であった西郷隆盛、大久保利通、木戸孝允の維新の三傑。

この西郷、大久保、木戸自身による日記等は、極めて重要な資料であり、最重視されます。

西郷は日記等のまとまった資料はありませんが、

西郷隆盛

おいどんは、
書を書くのが好きであった!

「西郷が書いた」と伝わる「敬天愛人」などの書が遺っています。

あるいは、西郷の人生観を出羽庄内藩関係者がまとめた「西郷南州遺訓」も貴重です。

木戸孝允

この件に関する、
私の本音は、これだ・・・

大久保利通

私は、この事件に
関して、こう考える・・・

そして、大久保利通と木戸孝允には、それぞれ「大久保利通日記」と「木戸孝允日記」があります。

これらは、大久保と木戸の「率直な意見や感想」が述べられ、第一級の資料です。

維新では、もう一人超重要な人物がおり、岩倉具視です。

維新の四傑(新歴史紀行)

・薩摩:西郷隆盛・大久保利通

・長州:木戸孝允

・公家:岩倉具視

筆者は、「維新の三傑」よりも「維新の四傑」の方が、幕末維新の本質と考えます。

「明治維新の香り」が残っていた1884年、山脇之人が「維新元勲十傑論」で「十傑」を規定しました。

維新の十傑(山脇之人「維新元勲十傑論」)

・薩摩:西郷隆盛・大久保利通・小松帯刀

・長州:木戸孝允・大村益次郎・前原一誠・広沢真臣

・肥前:江藤新平

・肥後:横井小楠

・公家:岩倉具視

この「十傑」には、当然、岩倉具視が入っており、長州が多いのが特徴です。

大久保や木戸による日記も重要ですが、彼らは、それぞれ薩摩、長州から見た視点でもあります。

一方で、公家の岩倉の視点は、当時の日本の真相を知るには良いと考えます。

「岩倉公実記」からは、幕末維新の真相が見えそうです。

「幕末維新の大妖怪」岩倉具視の視点と歴史

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岩倉公実記:皇后宮色御蔵版(新歴史紀行)

討幕後、明治新政府の参議や大臣(卿)になった木戸孝允や大久保利通。

木戸孝允

私は新政府で
参議となり、新政府に尽くそう・・・

大久保利通

私は内務卿に就任し、
国家機構を作り上げよう・・・

新政府において、「最も重い立場」となった木戸と大久保。

岩倉具視

なんと言っても、
私は公家だからな・・・

岩倉具視

朝廷中心の新たな
秩序においては、公家は最上級だ・・・

「幕末維新の大妖怪」として、討幕の中心人物だった岩倉は、木戸、大久保の上の立場でした。

新歴史紀行
岩倉使節団(Wikipedia)

岩倉使節団においては、「岩倉が筆頭」でした。

岩倉使節団

正使:岩倉具視

副使:大久保利通、木戸孝允、伊藤博文、山口尚芳

上の岩倉使節団の写真では、中央にドーンと座る岩倉が印象的です。

岩倉具視

太政大臣は、
三条実美殿だが・・・

岩倉具視

私が、明治新政府の
最高権力者なのだ!

おそらく、岩倉は当時、「自分こそが明治新政府の最高権力者」と考えていたでしょう。

「岩倉公実記」は、版が重ねられ、様々な年代に発行された書籍があります。

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岩倉公実記:皇后宮色御蔵版:下巻(新歴史紀行)

筆者が所有する「岩倉公実記」は、明治39年発行で、最も古い版の一つです。

この「岩倉公実記」は、岩倉具視自らが書いた日記ではなく、独白や回想録的な内容です。

岩倉具視

あの頃、実は
こういう状況であった・・・

おそらく、岩倉自身から聞いた話も多いはずであり、「岩倉具視に関する伝記」です。

かなりの分量がありますが、気になるところを抜粋して、ご紹介します。

「岩倉公実記」によって、幕末維新の事柄や事件の真相を筆者なりに考えてゆきます。

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