「帝国陸海軍の下」だった外務省〜「陸海軍の上」の米国務省の正反対・「戦争を辞せざる決意の下」で陸海軍合意・言葉のニュアンスの議論〜|陸海軍の迷走41・日米開戦と真珠湾へ

前回は「「対米英戦争を決意」で対立した帝国陸海軍〜永野総長の日程提案・「戦争辞さない姿勢」へ一気に飛躍した帝国海軍・陸軍牽制する海軍〜」の話でした。

目次

「戦争を辞せざる決意の下」で陸海軍合意:言葉のニュアンスの議論

New Historical Voyage
左上から反時計回りに、昭和天皇、杉山元 参謀総長、東條英機 総理兼陸相、永野修身 軍令部総長(国立国会図書館,Wikipedia)
大本営海軍部通告(1941年8月15日)

一、十月十五日迄に対英米戦備を完結する。

二、八月及び九月更に各三十万トンの船舶を徴用する。

三、九月二十日陸海軍作戦協定を実施する。

四、九月上旬、支那より陸戦隊三大隊を抽出する。

五、九月中旬より更に五十万トンの船舶を徴用する予定。

帝国陸軍から見ると、「一気に飛躍した」ように感じた帝国海軍の具体的日程。

New Historical Voyage
戦艦 長門(Wikipedia)

戦争準備は帝国陸軍も帝国陸軍も大変なことでしたが、なんといっても軍艦を動かす必要がある海軍。

それに対して、武器の大砲などの準備が大変であるものの、兵士が陸上で戦う陸軍。

「軍艦が動かなければ、何もできない」のが、古今東西の海軍です。

永野修身

我が帝国海軍は、油を中心として、
とにかく準備が重要なのだ!

この点では、永野総長の主張はもっともでした。

大東亜戦争全史

八月二十七日及び二十八日の両日、
陸海軍局部長等は合同して、これを討議した。

大東亜戦争全史

果たして、岡海軍軍務局長は、
戦争決意に絶対不同意を表し・・・

大東亜戦争全史

しかも、外交不調の場合においても、なお
欧州情勢等を勘案して、開戦を決するというのである。

New Historical Voyage
岡敬純 海軍軍務局長(Wikipedia)
岡敬純

「戦争決意」は、絶対に
不同意です!

大東亜戦争全史

海軍首脳部に、果たして対米一戦の
決意あるや否や多分に疑問があった。

大東亜戦争全史

そこで、陸軍は「戦争を決意し」を
「戦争の決意の下」と修文を申し入れたが・・・

大東亜戦争全史

岡軍務局長は、これをも受け付けず、
翌二十九日に至り・・・

岡敬純

「戦争を辞せざる決意の下」なら
宜しいでしょう。

大東亜戦争全史

ということに
なった。

「戦争を決意し」、「戦争の決意の下」、「戦争を辞せざる決意の下」の言葉。

これらは、どれでもニュアンスは、ほぼ同一です。

ところが、帝国陸海軍は、このような「文言」を侃侃諤諤議論していたのでした。

確かに外交などにおいて、「文言」は極めて重要です。

その一方で、「戦争を決意し」、「戦争の決意の下」、「戦争を辞せざる決意の下」で逡巡した陸海軍。

当時、トップが全てを決定した米英独などでは、考えられない状況でした。

「帝国陸海軍の下」だった外務省:「陸海軍の上」の米国務省の正反対

New Historical Voyage
1941年6月頃の日本政府・幹部:左上から時計回りに、近衛文麿首相、豊田貞次郎外相、及川古志郎海相、東條英機陸相(国立国会図書館、Wikipedia)
大東亜戦争全史

然るに、十一月初頭の開戦を目途として、
戦争準備を完整するためには・・・

大東亜戦争全史

南部仏印に航空大部隊を進駐せしめ、
かつ南支那海に大輸送船団を終結することが必要であった。

大東亜戦争全史

陸軍は、これらの措置は、開戦決意後に
実施せられるべきものであり・・・

大東亜戦争全史

回線の決意確定前の準備は
外交交渉を阻害せざる限度に止むべきと考えた。

とにかく、「超強硬派集団」だったと言われる戦前の帝国陸軍。

それにしては、当時の陸軍の発想は、極めて真っ当でした。

New Historical Voyage
大東亜戦争全史1(服部卓四郎 著、鱒書房)

戦後に、陸軍出身の服部卓四郎が著した「大東亜戦争全史」。

New Historical Voyage
大本営作戦課長 服部卓四郎 (丸 戦争と人物4 潮書房)

「大東亜戦争全史」は、資料としての価値が極めて高い書籍です。

その一方で、「陸軍に有利なように」記載している可能性があり、少し注意が必要です。

大東亜戦争全史

即ち陸軍は、武力発動前
適宜の時機に開戦の決意を確定し・・・

大東亜戦争全史

爾後、本格的作戦準備に
移行すべきを主張し・・・

大東亜戦争全史

その時機は十月上旬ということに
陸海軍間の意見が一致した。

とにかく「超険悪だった」帝国陸海軍は、「開戦の決意=十月上旬」で一致しました。

大東亜戦争全史

かくして九月二日、
大本営陸海軍部間の意見が完全に一致し・・・

大東亜戦争全史

外交交渉の条件については、
従来の日米諒解案の趣旨を尊重する立前で・・・

大東亜戦争全史

外務省との折衝が行われ、
翌三日の連絡会議に附議せられた。

とにかく、陸海軍が中心であり、外務省は「陸海軍に従う」ような機構だった大日本帝国。

新歴史紀行
左上から時計回りに、Franklin Roosevelt米大統領、Cordell Hull米国務長官、Frank Knox海軍長官、Henry Stimson陸軍長官(Wikipedia)

これは、当時の米国では考えられない政治機構でした。

当時の米国においては、明らかに国務省が陸海軍の上にありました。

とにかく「軍部が動かしていた」大日本帝国。

外務省は「軍部の意向に従って外交を司る」立場に過ぎない存在でした。

この異様な国家体制こそが、大日本帝国の本質でした。

そして、「軍部中心」のまま、大日本帝国は敗戦へと突き進むことになりました。

新歴史紀行

この記事が気に入ったら
フォローしてね!

目次