近衛首相提案の「日米トップ会談」〜「一見乗り気」のルーズベルト・大日本帝国に「ほぼ宣戦布告」の米国・太平洋米英軍の大増強〜|陸海軍の迷走37・日米開戦と真珠湾へ

前回は「帝国の反応を静かに観察するル大統領〜「武力行使に勝る痛苦」と資源・「国防上、死活の重大事態」に直面した日本・米「経済断交」の影響〜」の話でした。

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大日本帝国に「ほぼ宣戦布告」の米国:太平洋米英軍の大増強

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1941年7月末の日本政府・幹部:左上から時計回りに、近衛文麿首相、豊田貞次郎外相、及川古志郎海相、東條英機陸相(国立国会図書館、Wikipedia)

大日本帝国政府から見れば、「慎重に日米交渉継続中」に、一気に「対日資産凍結」に至りました。

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大東亜戦争全史1(服部卓四郎 著、鱒書房)
大東亜戦争全史

経済断交は、日本にとっては、
正に武力行使にも勝る痛苦であったのである。

当時、石油・鉄鋼・機械など、超重要物資を米国に思い切り頼っていた帝国。

大日本帝国にとって、軍事活動・経済活動・国家運営など全てにおいて超緊急事態となりました。

大東亜戦争全史

かかる液体燃料についての
致命的な重圧に加えるに・・・

大東亜戦争全史

東亜における所謂ABCDの対日包囲態勢は
益々強化せられ、・・・

大東亜戦争全史

且つ米国の軍備
就中軍備の増強に伴い・・・

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日米軍備の懸隔は加速度的に
増大するものと見られた。

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ノックス海軍長官は、六月三十日
ボストンにおいて、

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Frank Knox海軍長官(Wikipedia)
Knox

今こそ
米海軍を用うべきの秋(とき)!

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なる旨演説し、
ついで七月二十三日、

Knox

米海軍は米国の極東政策遂行上、
必要な措置を敢行し得る!

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言明した。

米国内のノックス海軍長官の発言を、大本営はリアルタイムで知っていたと思われます。

ほぼ「米国からの宣戦布告」とも取れる発言を、1941年7月に米国政府は行なっていました。

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七月二十六日には、
極東米陸軍司令部が比島に創設せられ・・・

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マッカーサー将軍の麾下に置かれ、八月五日マレー政庁は、
英増援部隊のシンガポール到着を発表した。

「武力行使以上の痛苦」であった経済断交に加え、大日本帝国周囲では、急速に米英軍が増強しました。

この流れを見ていれば、帝国政府・陸海軍としては、「黙っていられない」状況です。

そして、この状況を作り出していたのは、米政府でした。

近衛首相提案の「日米トップ会談」:「一見乗り気」のルーズベルト

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Douglas MacArthur陸軍元帥(歴史人 2021年8月号 ABCアーク)

そして、日本人にとって「最も馴染み深い米国人」の一人であるマッカーサーが登場しました。

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八月二十六日、ルーズベルト大統領は、
マグルーダー准将を団長とする・・・

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軍事施設を重慶に
派遣することを言明した。

事実上「日中戦争」であった支那事変では、米国は早くから蒋介石政府を支援し続けました。

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Franklin Roosevelt米大統領(Wikipedia)
Roosevelt

私は
Chinaは大好きなのだ!

実は、ルーズベルト大統領は、当初から支那・中国を好んでいた説が有力です。

その理由は、ルーズベルト家が、支那・中国との貿易によって財をなしたことも一つでした。

幼い頃から、支那・中国から輸入された文物に囲まれて成長したルーズベルト大統領。

ルーズベルト大統領にとっては、「馴染み深い」存在であり「重大な権益がある」支那・中国。

その支那・中国を「一方的に踏み躙っている存在が、大日本帝国」でした。

Roosevelt

Chinaは、
とことん支援する!

この頃、大日本帝国は、中華民国の首都・南京を陥落させ、蒋介石は重慶に首都を移転していました。

このこともあり、当時は、支那・蒋介石政権を「重慶」と表現することが多かったのでした。

「重慶に軍事施設派遣」ということは、帝国政府にとっては、完全な「敵対行為」でした。

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以上の如き国防上の重大危機に
直面し、大本営陸海軍部は・・・

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これが打開の方策について、
肝胆をくだきつつあった。

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当時、一日の待機は約一万二千トンの
油を消費していたのである。

猛烈な勢いで軍備を整えていた帝国陸海軍は、一日で約一万二千トンもの油を消費していました。

もはや一日も早く解決しなければ、国防がもたない状況に追い込まれた大日本帝国。

ここで、帝国政府は、懸命に米国に申し入れをしましたが、なかなか沈静化しませんでした。

どうにもならないこう着状態の中、帝国政府の近衛首相は、一大決心をしました。

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近衛文麿 内閣総理大臣(Wikipedia)
近衛文麿

野村大使とハル長官の
話し合いでは、日米交渉は進まない・・・

近衛文麿

ここは、この近衛と
ルーズベルト大統領がトップ会談するしかない!

近衛首相は、こう考え、帝国政府の大臣たちもまた同意しました。

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次いで政府は八月七日、
近衛首相の発意による・・・

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日米両国首脳の直接会議を
提議した。

近衛文麿

ルーズベルト大統領!
この近衛とトップ会談しましょう!

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然るに米国は、仏印を中心とする局地的解決案に
対しては、さしたる興味を示さず・・・

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日米首脳会談については、ハル国務長官は
極めて冷淡であったが・・・

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ルーズベルト大統領は、
一見乗り気のようでもあった。

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当時ルーズベルト大統領は、英国首相
チャーチルと大西洋上で会談し・・・

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八月十五日、所謂大西洋憲章を
宣言して帰還した直後であった。

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左上から時計回りに、Franklin Roosevelt米大統領、Cordell Hull米国務長官、Frank Knox海軍長官、Henry Stimson陸軍長官(Wikipedia)
Hull

JapanのKonoeが、
我がRoosevelt大統領と直接会談、だと・・・

Hull

そんなもの
どうでも良いわ!

「近衛・ルーズベルトのトップ会談」に対して、ハル長官が冷ややかだったのは当然でした。

それまでは、自分がトップで交渉してきた日米交渉。

ここで、ルーズベルト大統領に直接出てこられては、自分のメンツが潰れてしまうからです。

Roosevelt

Konoeが
私と直接話したい、と・・・

Roosevelt

さて・・・
それも「アリ」か?

対して、ルーズベルト大統領は「一見乗り気」でした。

なんとなく「米政府に振り回され続けている」のが、当時の帝国政府でした。

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