前回は「西郷隆盛洞窟 2〜英雄の最後の思い〜」の話でした。

西南戦争の最後の地、城山。
2月15日に雪の中、勇んで出陣した西郷軍は、政府軍に押されまくり、なんとか鹿児島まで戻ります。
西郷隆盛洞窟から、少し上がると、城山の頂上に至ります。

ここから、西郷隆盛も桜島を眺めていたに違いないでしょう。

桜島!
素晴らしか!
西郷に限らず、薩摩隼人の心の故郷とも言える桜島。
若き日々から、東奔西走し、二度も島流しにされたものの、明治維新を主導した西郷。
桜島をみて、何を思ったのでしょうか。


現代は大いに市街地化された鹿児島。
西郷がいた頃は、平家の木造建物が立ち並ぶ光景だったでしょう。
一時は、30,000名ほどの軍勢にまで膨れ上がった西郷軍。
多数の優れた人物が兵を率いました。
篠原国幹 前陸軍少将たちが戦死しましたが、


桐野 利秋 前陸軍少将、薩摩藩で重役を勤め西郷と共に維新の原動力となった桂久武もいました。


そして、優れた見識と頭脳を持ち、岩倉たちの欧州視察にも同行した村田新八も、そばに控えています。


そして、新政府軍からの「降伏勧告」を一蹴した西郷。



おいどんは、ここで死ぬ。



みなは自由にしてくれ!



私はもちろん、
西郷先生と共に死にます!



私も!



私も!



そうかあ・・・



皆、この15年ほど、
一緒に時代を駆け抜けたのう!
こんな会話が、政府軍による最後の夜にあったのだろう。
1868年に明治維新となり、明治新政府が誕生して、一気に近代化へ向かった日本。
現実には、明治維新は西南戦争が終わる「1877年に維新完了」と考えるのが良さそうです。