前回は「西郷隆盛洞窟 1〜英雄の最後の地〜」の話でした。

僕が行った当時、維新に関する博物館や鶴丸城には大勢の観光客がいました。
しかし、ここは僕一人で、周りには全く人がいませんでした。
近くにはお土産屋さんもありますが、ここへ行こうとはなかなか思わないかもしれません。

ある意味、ゆっくり歴史に浸れます。
150年ほど前、政府軍に追い詰められた西郷隆盛が、このあたりを歩きながら何を考え、何を感じていたのか?
歴史的には、1867年に明治維新、その10年後が西南戦争です。
自分が10年前何をしていたのか?を考えてみれば、10年というのは、長いようで長くないです。
維新後、一時は陸軍大将兼近衛都督という軍の極官におり、事実上の総理大臣も務めた西郷。

岩倉具視や大久保利通が1年半ほど欧米に言って留守の間、様々な改革を実現した西郷隆盛。

数奇な運命となりましたが、それもまた西郷自ら選んだ道でもあったと思います。
この城山で最後に立て籠った西郷を包囲した政府軍のボスは、山県有朋でした。

熾烈な戦争が続き、西郷軍・政府軍共に、多大な死傷者を出した西南戦争。
政府側も「西郷をどうするか?」で議論百出しますが、非常に扱いにくい相手です。
最後には、一応西郷に対して「投降すれば、命は助ける」と呼びかけた政府に対して、

私が投降・・・?



するはずが
ないだろう!
と一蹴した西郷。
西郷からすれば、包囲している軍を指揮する諸将全てが、「かつての部下」でした。



片腹痛いわ!
こう西郷は思ったに違いない。
写真では、この迫力はなかなか分からないかもしれません。
鹿児島市内からも近く、バスも出ているので、維新や西郷が好きな方はぜひ訪れてみてください。