島津斉彬の戦略実行部隊隊長の西郷隆盛〜阿部正弘急死の衝撃・海に開かれた巨大国家薩摩・対外交渉の超ベテランの島津家・乗り込んできた巨頭井伊直弼・飛躍した島津斉彬〜|西郷隆盛6・人物像・エピソード

前回は「徳川幕府の動きを冷静に見守る西郷〜超強硬派のハリスに立ちすくむ幕府・米英仏の熾烈な競争に巻き込まれる幕府・日米の外交権に対する意識のズレ・イライラが募るハリスと井伊大老〜」の話でした。

薩摩藩士 西郷隆盛(国立国会図書館)
目次

海に開かれた巨大国家・薩摩:対外交渉の超ベテランの島津家

新歴史紀行
薩摩と海(新歴史紀行)

薩摩は、昔から密貿易などで、
中国以外の異国とも接してきた。

日本の南の端に位置する薩摩国。

「日本の端」である薩摩は、海外から見れば「日本の入り口」でした。

その為、古来から中国や朝鮮との使節の派遣の際にも、薩摩周辺のルートが使用されることがありました。

中国や朝鮮との海の行き来は、敦賀から日本海を抜けるルートや、博多から対馬を抜けるルートなどが多かった当時。

少数でしたが、薩摩の坊津も使用された形跡が記録に残っていました。

新歴史紀行
薩摩と海(新歴史紀行)

広大な海に囲まれた薩摩藩・島津家は、その領土は「海に広がっていた」と言って良いでしょう。

鎖国を国是として、中国・オランダ・朝鮮など限られた国と交際を続けてきた日本。

ところが、薩摩は琉球や奄美大島を支配し、海へ海へと出てゆきました。

徳川幕府の目が行き届かないことを活用して、堂々と密貿易もやっていた薩摩。

いわば、対外交渉においては、超ベテランでした。

幕府は、出島の長崎奉行に任せすぎて、
外交能力が低いのではないか。

次々と押し寄せる、海外からの接触。

島津斉彬の戦略実行部隊隊長の西郷隆盛:阿部正弘急死の衝撃

米提督 Matthew Calbraith Perry(Wikipedia)

1853年、1854年と続けてペリー提督がやってきました。

Japanの皆さん!
お互いのために和親条約結びましょう!

結ばないなら、江戸湾から
江戸を砲撃するけど、いいのかな?

米国公使 Townsend Harris(Wikipedia)

続けて、強面のハリスが殴り込みをかけるように、日本にやってきました。

お互いのために、
新たな条約結びましょう!

おい!
いつになったら、条約結ぶんだ!

米国は日米和親条約を最初に結び、いわば「日本の開国の先鞭をつけた」存在。

フランス公使Leon Roches(Wikipedia)

ここで、英国・フランスなどが乗り込んできます。

我がUnited Statesが、
Grait BritainやFranceに出し抜かれてしまう!

焦るハリス。

そして、幕府に強引に迫ります。

早く条約を
締結しろ!

薩摩藩主 島津 斉彬(国立国会図書館)

なんとか、
せねば!

西郷!
大奥を一橋派にするために、篤姫を輿入れさせる!

尽力せよ!

ははっ!

天璋院篤姫(Wikipedia)

西郷たちの暗躍もあり、将軍家定の奥方に島津斉彬の養女を嫁がせます。

これでよし!

これで、我が島津家の幕閣への
影響力は大きくなる!

いよいよ、
我が薩摩が中央に躍り出るごわすん!

島津斉彬の戦略が功を奏し、西郷隆盛たちが生み出した新路線。

何もかもがうまくいっていたように見えました。

ところが、突如として大事件が勃発しました。

老中 阿部 正弘(Wikipedia)

この頃、薩摩藩主・島津斉彬と久しくしていた老中・阿部正弘が急死します。

無念だ・・・

島津斉興を退けて、島津斉彬が藩主になるのに一役買った老中 阿部正弘。

こんな、
こんなことが・・・

まさか・・・
阿部殿・・・

島津斉彬と非常にウマが合い、一緒に幕府の、そして日本の改革をしてゆくはずでした。

よりによって、その超中心的存在であった老中 阿部正弘の急死は、島津斉彬と西郷にとって甚大なダメージでした。

乗り込んできた巨頭・井伊直弼:飛躍した島津斉彬

大老 井伊直弼(Wikipedia)

この時期に登場したのが、平時には置かれない大老として颯爽と登場したのが井伊直弼。

私は超名家の
井伊だ!

徳川家の超譜代として、徳川御三家とも伍す勢いを持つ井伊家の当主。

この非常事態に乗り込んできました。

この井伊直弼が、
幕府の混乱を鎮めて見せましょう。

第十四代将軍 徳川 家茂(Wikipedia)

次の将軍は
慶福(家茂)様だ!

いいか!
俺は大老なんだぞ!

老中が総理格とすれば、
非常時の大老は大統領のようなものだ!

俺が全てを
決めるのだ!

一気に、将軍継嗣問題にカタをつけた井伊大老。

尋常ならざる勢いで、幕閣に勢いをもたらしました。

なんだと!

さらに、島津斉彬は、

井伊大老のやり方は、
極端すぎる!

西郷よ。
江戸で情報を集め、諸般の志士と接触を濃厚にせよ!

西郷に指示します。

せっかく、篤姫を輿入れさせて、幕閣に島津の影響力を与えようと思いましたが、井伊大老がいては、どうにもなりません。

ここに至り、島津斉彬は思い至ります。

井伊大老がいては、
どうにもならんのう・・・

・・・・・

「大奥から圧力をかける」のは、もう望みが薄いです。

他に「圧力をかける」には、軍事力しか方法がありません。

やむを得ん・・・
軍を出すことも具体的に考えよう!

こう考えた島津斉彬は飛躍しました。

西郷よ。
私が軍勢を率いて上洛する!

斉彬様が、薩摩軍勢を率いて
上洛する予定ごわすか!

斉彬様ならば、徳川幕府に物申して、
我が薩摩の武威を天下に知らしめてくれようぞ!

斉彬は薩摩島津家の威信を天下に知らしめ、幕政への参画を考えていました。

西郷よ!
江戸で準備を整え、我が薩摩藩の力を思い知らせよ!

我が薩摩の将来は、
お前にかかっておる!

ははっ!

お任せを!

事態は、俄かに風雲急を告げてきました。

新歴史紀行

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