皆一様に「純情無垢の一年坊主」へ〜草鹿龍之介41期生徒の海兵開始・「若者らしさ」全開だったエリート生徒・海兵が江田島に置かれた理由〜|草鹿龍之介6・一海軍士官の半生記・エピソード

前回は「几帳面な性格だった草鹿龍之介〜「さっぱり聞き取れぬ」土佐弁の本音・名門校土佐海南中学からきた豪傑三名・海軍への坂本龍馬の影響〜」の話でした。

新歴史紀行
草鹿龍之介 第一航空艦隊参謀長(連合艦隊司令長官 別冊歴史読本 新人物往来社)
目次

「若者らしさ」全開だったエリート生徒:海兵が江田島に置かれた理由

New Historical Voyage
種子島・門倉崎(新歴史紀行)

帝国海軍軍人となって、「海から大日本帝国を護る」ことを目指した海軍兵学校の青年たち。

受験年齢は16歳から19歳であり、現在の高校から大学教養学部程度の年齢の若者たちでした。

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江田島の海軍兵学校(江田島 日本の海軍教育 別冊歴史読本 新人物往来社)

当初、築地に置かれていた海軍兵学校は、広島県の江田島に移転しました。

海軍兵学校が江田島に置かれた理由(新歴史紀行)

1.世間と隔絶し、海軍エリート士官を育成する教育に専念する環境

2.海が間近であり「海の男」を育てるために適した環境

3.四季の変化が大きい日本において、比較的温暖な気候で、寒さが激しくないこと

海兵が江田島に置かれた理由は、諸説ありますが、筆者は上の三点が最重要と考えます。

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一海軍士官の半生記(草鹿龍之介 著、新歴史紀行)

機動部隊・第一航空艦隊参謀長、連合艦隊参謀長を歴任した草鹿龍之介自身の回想録があります。

この本は、草鹿自身の反省を極めて精緻に語っている、貴重な書籍と考えます。

草鹿龍之介

眺め廻はした処が
江田島である・・・

草鹿龍之介

只一軒駄菓子屋や蜜柑を
売ってる家があった・・・

草鹿龍之介

早速大声を出して、おばさんを
呼び、この蜜柑と菓子をしこたま買ひ込んで・・・

草鹿龍之介

四人で
食べ始めた・・・

海兵に入った草鹿は、「伝染病流行地」大坂(大阪府)から来たため、早々に隔離されてしまいました。

そして「隔離仲間」と仲良くなり、四人でつるんで、学校外に出かけて食べた話を明かした草鹿。

なんとも楽しそうであり、「いかにも高校生らしい若々しさ」を感じます。

当時、東大と同等、あるいはそれ以上の優等生が集まった海兵と陸士。

海兵の定員は時代で大きく異なりますが、草鹿の41期は卒業時118名でした。

現代の日本の大学・高校と異なり、「普通に勉強していれば卒業出来る」わけではなかった海兵。

途中で「脱落せざるを得ない」人物も、年に数名出ました。

そのことを加味しても、「一学年120名程度の超エリート青年たち」でした。

その「超エリートたち」が、このような「高校生らしい若々しさ」を醸し出していたこと。

この草鹿の記述からは、当時の若者たちの生き様が良く分かります。

皆一様に「純情無垢の一年坊主」へ:草鹿龍之介41期生徒の海兵開始

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種子島・門倉崎(新歴史紀行)

見渡す限り「海・海・海」であり、江田島という島に「閉じ込められた」海兵生徒たち。

草鹿龍之介

想定された隔離期間を
過ぎてから・・・

草鹿龍之介

一応校外の指定された
旅館に入れられた・・・

草鹿龍之介

これが最後の娑婆生活で
あった。

「伝染病の隔離期間」がやっと終了し、「娑婆の生活」が終わった草鹿。

草鹿龍之介

行ってみると、既に各地からの入校予定者が
集まっていた。

草鹿龍之介

山奥から始めて出て来た様な、
無口な素朴そうな者もあれば・・・

草鹿龍之介

東京辺から来た、
世故に長けた如才のない男もあれば・・・

草鹿龍之介

これが学生かと思われる様な
おっさんも居る。

草鹿龍之介

これらが全部案内に従って
校門をくぐり・・・

草鹿龍之介

まず最後に今一度身体検査を
受けた。

草鹿龍之介

身体検査にパスした者は風呂に入れられ、
そこで娑婆の垢を洗い落とし・・・

草鹿龍之介

全部官給の服装に
着替えた。

草鹿龍之介

私物はフンドシだけで
あった。

当時は、男子は皆フンドシであり、フンドシ以外はバリッと官給の服装を着た海兵の新入り生徒たち。

草鹿龍之介

着て来た着衣靴から下駄まで荷造りして
郷里に送り返した。

草鹿龍之介

ただし、この時着せられたのは真新しい
木綿の作業服であり・・・

草鹿龍之介

七つボタンの
軍服はまだであった。

おそらく、新たに海兵に入る全員が憧れた軍服は「まだ」でした。

草鹿龍之介

一様に作業服を着せられると、
黒い着物と黒い袴で威張っていた豪傑も・・・

草鹿龍之介

物知り顔のおっさんも、
世故に長けた江戸っ子も・・・

草鹿龍之介

皆一様に純情無垢の一年坊主に
なってしまった・・・

この記述は、当時の若者たちの雰囲気が面白いと同時に、極めて重要です。

実に様々な若者たちだった、海兵新生徒たちは、作業服に着替えて「一様になった」こと。

これは、海軍兵学校の極めて重要な教育方針を示しています。

それまでの様々な個性を重視しながらも、「海兵という鋳型」に入れること。

そして、「海兵の鋳型」に入れられて、「帝国海軍のエリート将校となること」が求められました。

皆が「純情無垢の一年坊主」になり、いよいよ草鹿たち41期の海兵生活が本格化しました。

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