「完璧な計画」+「完璧な行動」実行した光秀〜明け方に本能寺へ・「思い切りが良くない」光秀と坂本城修理・曖昧な「謀反後の戦略」〜|本能寺の変8・ルイス・フロイス「日本史」24

前回は「「明智光秀の野望」が最大根拠〜誰一人考えもしなかった「明智謀反」・「茫然自失+焦慮の色」だった明智重臣・「思い留まらせる」は不可能〜」の話でした。

目次

「完璧な計画」+「完璧な行動」実行した光秀:明け方に本能寺へ

新歴史紀行
織田家重臣 明智光秀(歴史群像シリーズ 図説・戦国武将118 学研)
明智光秀

信長は兵力を
伴わずに都に滞在しており・・・

明智光秀

兵力を有する主将たちは
毛利との戦争に出動し・・・

明智光秀

お前たち(彼ら)に与えられるべき報酬は、
特にお前たちから期待される勲功と強力に全て準じ・・・

明智光秀

対応したものに
なるであろう。

Frois


語った。

New Historical Voyage
ルイス・フロイス「回想の織田信長」(新歴史紀行)

ルイス・フロイス「日本史」によると、「完全に唐突に」謀反を打ち明けられた明智の四重臣たち。

New Historical Voyage
明智家重臣 明智秀満(Wikipedia)
明智秀満

・・・・・

明智秀満

殿(光秀)に、
生命を捧げる覚悟であります!

茫然自失とした後、重臣たちが「このように返答した」と、ルイス・フロイスは推測しています。

この話は、確実に推測であり、知っているのは「光秀+四重臣」しかいません。

光秀の言動は、非常に明確ではっきり描写したフロイス。

光秀に対しては、

Frois

忍耐力に富み、計略と策謀の
達人であった。

Frois

彼は誰にも増して、絶えず信長に
贈与することを怠らず・・・

とにかく、「非常に悪辣な人物であった」ように描写したフロイス。

それにしては、動揺していたはずの光秀の言動を、極めてクリアに描写しました。

筆者は、日本人の気質、光秀の性格などを考えると、現実はもう少し言葉少なめだったと考えます。

この「光秀と四重臣の間の本能寺の変直前の会話」は永久に謎ですが、大いに興味をそそります。

Frois

ところで、明智は
極めて注意深く、聡明だったので・・・

Frois

もし、彼らのうちから誰かが
先手をうって信長に密告するようなことがあれば・・・

Frois

自分の企ては失敗する
ばかりか・・・

Frois

いかなる場合でも死を免れないことを
承知していたので・・・

Frois

彼は直ちに自らの面前で、全員を
武装せしめ、騎乗するように命じて・・・

Frois

真夜中に出発し、
暁光が差し込む頃には・・・

Frois

すでに都に
到着していた。

とにかく、「計画書を作成し、計画書通りに決行した」かのような緻密な光秀の行動。

「謀略の達人」と描写したフロイスの視点から見れば、明智光秀の動きは「完璧」でした。

「思い切りが良くない」光秀と坂本城修理:曖昧な「謀反後の戦略」

New Historical Voyage
銀閣寺(新歴史紀行)

「本能寺」の時も、建っていた銀閣寺。

一般的には、「本能寺」の時の明智軍は「一万三千程度」と描写されることが多いです。

それに対して、フロイスは、

Frois

そして、彼は、特に安土で信長から
毛利との戦いにおける羽柴を援助するため・・・

Frois

七、八千の兵を率いて、
直ちに出動を命ぜられた武将の一人であった。

明智軍を「七、八千」と描写しており、筆者はこの兵力が正しいと考えます。

フロイスの描写においては、好悪の感情が目立ちますが、数量が極めて明確な点が重要です。

何を記載するにも、数や量を明確にして記載したフロイス。

この点から、フロイスの「明智軍の兵力=七、八千」は、極めて信頼性が高いと考えます。

おそらく、この「七、八千」を、本能寺と妙覚寺、そして京都包囲の三つの軍隊に分けた光秀。

最大の目的の本能寺には、二千五百〜三千程度向けた、と考えます。

Frois

さらに明智は、自らの諸国と
坂本の城塞を固め・・・

Frois

よく修理するように明治、
不在中、なんらの騒動も生じないよう・・・

Frois

城内を絶えず監視するように
言いつけた。

フロイスの「坂本城などを修理+厳戒態勢」もまた、興味深い記述です。

「信長を倒した」後は、京都周辺を一気に制圧するしかなかった明智光秀。

そして、京都の間近にあった坂本城は、いよいよ「明智家の中心」となるはずでした。

すでに「近畿管領」と表現されるほど、京都周辺を抑えていた明智一派。

「明智家=明智本家+細川家+筒井家」は、京都を囲むようにありました。

そのため、「謀反完了後」は、京都や坂本城の周囲に一気に勢力が拡張するはずだった明智家。

確かに坂本城は「明智の中心であり続ける城」でしたが、「修理は不要」だったはずです。

「城塞の修理」は武人として重要ですが、費用も時間もかかるため、優先順位が大事でした。

それにも関わらず、「坂本城修理」を優先させた光秀。

明智光秀(架空)

ひょっとすると、
坂本城に籠城することになるかもな・・・

光秀の胸には、このように「坂本籠城」の可能性が去来した、と考えます。

とにかく、「全てに対して万全」だった明智家。

その一方で、この「坂本城修理」は、少し後ろ向きです。

「謀反=アクセルと、防衛=ブレーキを同時」のようにも感じられます。

信長を討った後、「柴田対策」を最優先した説が有力な光秀。

ならば、「坂本城修理」よりも「鉄砲の追加購入」などを優先させるべきでした。

「思い切りが良くない」光秀像が、ここにも明瞭に表れている、と筆者は考えます。

New Historical Voyage

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