対米英蘭戦「完全併走」帝国陸海軍〜「陸軍主導」の虚構と臨戦体制突入へ・巨大国家だった1941年大日本帝国・明治から急速膨張した異形の国家〜|陸海軍の迷走52・日米開戦と真珠湾へ

前回は「異常に対米英蘭戦に積極的だった帝国海軍〜虚説「陸軍主導」と海軍の本音・「先行き真っ暗」日米交渉・1940年「出師準備」発動した帝国海軍〜」の話でした。

目次

巨大国家だった1941年大日本帝国:明治から急速膨張した異形の国家

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大東亜戦争全史1(服部卓四郎 著、鱒書房)

戦後、帝国陸軍の中枢に居続けた服部卓四郎が著した「大東亜戦争全史」。

この書籍は、多数の書籍、論文で引用されており、極めて信頼度は高いです。

大東亜戦争全史

かくして、海軍は十月下旬を目途とする
作戦準備の完整に鋭意努力し、概ね計画通り進捗しつつあった。

大東亜戦争全史

陸軍は、作戦計画の研究等は、昭和十五年夏以来逐次
実施せられつつあった。

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大日本帝国の進出(第二次世界大戦全史 洋泉社MOOK)

明治初期、現在と同じく「海に囲まれた島国」であった大日本帝国。

大日本帝国は、1941年当時、広大な領土を有しました。

日清戦争で台湾、日露戦争で南樺太を領有。

その後、韓国併合により朝鮮半島を支配下に収め、満州事変で満洲を事実上支配下に収めた大日本帝国。

現在から見ると、巨大国家であり、明治以降急速膨張した「異形の国家」でありました。

そして、続く対米英蘭戦では、猛烈に広大な戦争に突入することになりました。

まさに、日本の歴史上、「前代未聞の巨大戦争」となることが予想された1941年。

大東亜戦争全史

大本営陸軍部においては、開戦決意前の作戦準備と
開戦決意後の準備とを区分していた。

大東亜戦争全史

決意前における準備の主なるものは、船舶の徴用艤装、
作戦兵力の移動、航空および海軍基地の設定、

大東亜戦争全史

兵站基地の設定及び軍需品の集積、
内地要塞の整備、国土防空の強化等であった。

大東亜戦争全史

支那事変以来、陸軍も、逐次船舶を徴用し、
当時約六十万トンに達していたが、

大東亜戦争全史

対米英蘭戦作戦のためには、
更に約百五十万トンの徴用を必要とし、

大東亜戦争全史

逐次、
これを発動した。

1941年当時、帝国陸軍は、「六十万トンの船舶」に「百五十万トンの船舶追加徴用」が必要でした。

これは、「既に徴用していた船舶」の2.5倍を「新たに徴用」であり、凄まじい量でした。

当時の大日本帝国の国力で、これが可能であると踏んだ帝国陸軍。

とにかく、アジア大陸に侵攻を拡大し、国家も領土も物量も全てが急速増加傾向にありました。

大東亜戦争全史

大本営陸軍部は、九月十八日に至り、
情勢の推移に即応する作戦準備の命令を発令し、

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南方作戦兵力の南支那、台湾及び
北部仏印への移動を開始した。

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その主なるものは、関特演で満洲に派遣せられた
第五十一師団、在満航空地上部隊、

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内地において新たに動員した砲兵、通信、兵站等の
諸部隊である。

対米英蘭戦「完全併走」帝国陸海軍:「陸軍主導」の虚構と臨戦体制突入へ

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左上から時計回りに、近衛文麿 首相、Franklin Roosevelt米大統領、Cordell Hull米国務長官、野村吉三郎 米大使(国立国会図書館、Wikipedia)
Roosevelt

Japanの軍隊の動きが
異常に活発だな・・・

大東亜戦争中、米国に暗号がほぼ全て解読され、見破られていた大日本帝国。

この「暗号解読」が「いつから本格的だったか」は、諸説あります。

戦後、米陸海軍将官などが著した著作にも、当時の様々な事実が記録されています。

いずれにしても、服部卓四郎「大東亜戦争全史」によると、1945年9月に臨戦体制に入った大日本帝国。

近衛文麿

私は米国とは和平を
進めたいと思っているのだが・・・

「日米和平派」だった近衛首相は、ただただ、帝国陸海軍の動きを見ていただけでした。

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然し、南方作戦充当の地上兵力は、
比較的少なく、陸軍総兵力の約二割で足りる計画だった。

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大日本帝国の進出(第二次世界大戦全史 洋泉社MOOK)

対米戦争直後から、一気に四方に領土を広げた大日本帝国。

1941年12月以降、特に南方に対しては、凄まじい勢いで領土を拡張しました。

この「南方作戦」に対しては、実は「陸軍全兵力の約二割」で進めた計画でした。

大東亜戦争全史

問題は作戦基地の設定と
軍需品の集積とであった。

大東亜戦争全史

台湾、南支那、パラオ、仏印に航空及び
海運基地が設定せられ、

大東亜戦争全史

台湾、南支那、仏印の兵站基地には
作戦用資材及び軍需品の集結が鋭意促進せられた。

大東亜戦争全史

かくして、陸軍の作戦準備も
着々進捗したが、

大東亜戦争全史

作戦軍の編成及びこれが南方への集中展開等の
本格的作戦準備は、

大東亜戦争全史

開戦決意後になされるべきことで、
従って陸軍は和戦の決定を、

大東亜戦争全史

刮目して
待っていたのである。

ここで、服部卓四郎「大東亜戦争全史」第1巻は終了します。

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1941年9月の帝国陸海軍統帥部:左上から時計回りに、杉山元参謀総長、永野修身軍令部総長、及川古志郎海軍大臣、東條英機陸軍大臣(国立国会図書館、Wikipedia)

事実上、対米英蘭作戦の準備を着々進めていた帝国陸軍。

ここで、「作戦軍の編成及び本格的作戦準備は開戦決意後」と明記している点が重要です。

この記載が、どこまで正確かは不明ですが、帝国陸軍の体制を表しています。

帝国陸軍に対して、当時既に「完全準備万端」だった帝国海軍。

戦後、東京裁判始めとする記録から、「軍部は帝国陸軍が、帝国海軍を引っ張った」が一般的です。

ところが、事実はそうではなく、「帝国陸海軍が完全併走して対米英蘭戦に向かった」のが事実でした。

とにかく、1941年9月は、こうして過ぎてゆき、翌月に近衛内閣から東條内閣に変わります。

そして、大日本帝国は、運命を決した対米戦争に突き進んでゆきます。

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