前回は「「対米交渉決裂」に即飛躍した松岡洋右〜冷静に反論する杉山参謀総長・悠長すぎた帝国政府の姿勢・斎藤分析+松岡激怒の二日後の連絡会議〜」の話でした。
大長老・平沼騏一郎の超正論+「夢の又夢」の日米共同で戦争停止

1941年7月10日の二日後に再開された7月12日の帝国政府首脳の連絡会議。

「大東亜戦争全史1」では、1941年7月10日、12日の連絡会議の発言が詳細に記録されています。
松岡洋右対米交渉は、これ以上継続
出来ぬことをここに提議する・・・
怒り心頭の松岡外相は、一気に飛躍して「対米交渉決裂」を提議しました。
あまりの論理飛躍であり、ほとんで「個人の私情」で政府の方針を決めようとする松岡外相。



交渉の余地を残すのが
適当である・・・



故に、この際強く出るのが
宜しいと思う・・・
「とにかく米国には強気で」が持論の松岡は、一度決裂させるべき、と意見を変えませんでした。


ここで、総理大臣、枢密院議長経験者であり、超ベテランの平沼騏一郎が発言しました。



この際、日本は何としても
米を参戦せしめぬことが大事なのである・・・



本来なれば、日米共同して
今日の戦争を打ち切ることが宜しいと思ふ・・・
「超困難」であることは皆分かっているものの、「超正論」を丁寧に説明する平沼騏一郎。
とは言っても、どこからどう見ても当時は「日米共同で欧州戦争打ち切り」は、「夢の又夢」でした。
| 名前 | 生年 | 役職 |
| 平沼 騏一郎 | 1867 | 内務大臣、元総理大臣 |
| 杉山 元 | 1880 | 参謀総長 |
| 松岡 洋右 | 1880 | 外務大臣 |
| 永野 修身 | 1880 | 軍令部総長 |
| 近衛 文麿 | 1891 | 総理大臣 |
同年の杉山参謀長、永野軍令部総長、松岡外相よりも13年も年上の超ベテランの平沼。
もはやベテランを超えて、大長老であり、元総理大臣であった平沼の影響力は強いです。



然るに、このままどんどん進んで行けば、
五十年百年も戦争は続くかも知れぬ・・・
とにかく、超悲観的であった平沼の発言。



外相の常に云う日本の大精神
八紘一宇から云ふならば、戦争はせぬが宜しい・・・



・・・・・
松岡の持論である「八紘一宇」の実現と、松岡の姿勢の矛盾を鋭くついた平沼。
超正論ではありましたが、ある意味では、ひたすら「夢のような論理」だったのが平沼の意見でした。
「米参戦」の未来を的確に予言した松岡洋右:「絶望的交渉」継続へ


そもそも、挑発的な姿勢は米国の方であり、この頃、米国は対日戦を決定していました。



日本は全体主義にもあらず、
自由主義にもあらず・・・
| 世界の陣営 | 方針 | 主義 |
| 米国・大英帝国など | 現状維持 | 民主主義 |
| 大日本帝国・ドイツ帝国など | 現場打破 | 全体主義 |
斎藤良衛の世界状況分析に対して、真っ向反論する立場を明確にした平沼。
斎藤良衛が、自らの世界状況分析を提示した話を、上記リンクでご紹介しています。



外相の云ふようにステートメントに
反撃を加えることは宜しいが・・・



交渉については、望み薄かも知れぬが、
右のような考えの元に努力してもらい度い・・・
明確に「交渉打ち切りは論外」と示した、大長老・平沼。



これをこのままに投げ打てば、
腹背皆敵となり、物資は欠乏し・・・



大戦争の遂行は
出来ぬであろう・・・



ソ連を打たねばならぬが、
現今の情勢では難しい・・・



他日はやらねばならぬ、南方もやらねば
ならぬが一時にこれをやるわけには行かぬ・・・



今の人が悪いならば、
之を代えても参戦を止めさせるよう・・・



努力しても
宜しいではないか・・・


松岡外相と野村大使が喧嘩状態になっていることに対して、



野村クビもよし・・・
仕方ない・・・
交渉継続のために、陣容を整えることを明言した平沼。



全部内相に
同感である・・・
ここで、松岡外相は即反論すると思いきや「同感」と出ました。



若干附言すれば、諸般の情勢上、
米国大統領は・・・



引きずって参戦に
持ってゆこうとしている・・・
「ルーズベルトは参戦しようとしている」と、「正しい分析」をした松岡外相。



大統領は非常に無理と思うことも、
何とか漕ぎつけている・・・



三選も
とうとうやった・・・
確かに「前人未到の超異例の三選」を果たしたルーズベルト大統領。
後には、「超前人未到・超異例の四選」を成し遂げました。



ルーズベルトは非常に
デマゴーグである・・・
この松岡「ルーズベルト分析」もまた、ある意味で正しい分析でした。



恐らく米国の参戦を止めさせることは
出来ぬだろう・・・
ここで、松岡外相はハッキリと未来を提示しました。
「米国が日本と戦争する」未来、を。
そして、その未来は、確かに「正しい未来」でした。
このあたり、自身も「デマゴーグ」である松岡外相の頭脳は確かに明晰でした。



・・・・・



然し、最後まで
努力を続けましょう・・・



日米の連携は、吾輩若い時からの
持論である・・・



絶望とは思うが、
最後まで努力しましょう・・・



・・・・・
大先輩・大長老の平沼騏一郎の正論に対して、松岡外相は持論を引っ込めて、交渉継続を明言しました。
ある種の柔軟性を持ちながら、未来を的確に予言していた松岡洋右。



・・・・・
この中、近衛首相は、不気味なほど静かに黙り込んでいました。


