「真田の物語」が始まった真田庄〜山々が生んだ昌幸と信繁の戦術・真田の屈強イメージ・家康に痛撃与えた昌幸+「十矢報いた」信繁〜|真田氏歴史館2・信濃

前回は「真田氏の本拠地・真田庄の真田市歴史館〜「戦国の智将」筆頭格の真田幸隆・真田「幸隆」か「幸綱」か〜」の話でした。

目次

真田の屈強イメージ:家康に痛撃与えた昌幸+「十矢報いた」信繁

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真田三代:上から反時計回りに、真田幸綱(幸隆)、真田昌幸、真田信繁(幸村)(Wikipedia)

「戦国時代のスター」とも言える真田一族。

真田昌幸と真田信繁(幸村)は、最初から最後まで徳川家に刃向かいました。

真田昌幸

我が真田は、
領土は小さいかも知れんが・・・

真田昌幸

軍略は
日の本一なのだ!

名前生年(一部諸説あり)
真田 幸隆(幸綱)1513年
武田 信玄1521年
徳川 家康1542年
真田 昌幸1547年
真田 信繁(幸村)1567年
真田三代と信玄・家康の生年

徳川家康より5歳年下の真田昌幸は、家康と「同世代の武将」でした。

さらに、若い頃から武田信玄の近習として仕えた真田昌幸。

真田昌幸

私が若い頃は家康は
我が武田の格下だっただろう!

昌幸が15歳頃から、信玄の近習として仕えた頃、武田家は絶頂期でした。

信玄の近習として仕えた昌幸に関する話を、上記リンクでご紹介しています。

若い頃に身につけた発想は、なかなか大人になっても変わらない傾向があります。

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左上から時計回りに、織田信長、武田勝頼、北条氏政、徳川家康(歴史群像シリーズ 図説・戦国武将118 学研、Wikipedia)
武田勝頼

この武田が
滅亡か・・・

真田昌幸が30代半ばの頃、主家であった武田家が滅亡しました。

この頃、信濃から上野を領有していた真田昌幸。

真田昌幸

あの・・・あの武田が
ついに滅亡したか・・・

真田昌幸

我が岩櫃城に
勝頼様が来てくれれば・・・

真田昌幸

半年は籠城することが
出来たのだが・・・

攻城戦と籠城戦の両方に卓越した戦術を持ち、高い自信を持っていた昌幸。

真田信繁

家康っ!
見参っ!

そして、大坂の陣で家康に「一矢報いた」というより「十矢報いた」真田信繁。

「真田の物語」が始まった真田庄:山々が生んだ昌幸と信繁の戦術

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真田氏歴史館・真田氏館跡(新歴史紀行)

いわば、真田家の始祖にあたる真田幸綱(幸隆)から始まる、真田三代の物語。

真田庄から生まれた真田氏は、のちに、信濃と上野の国境付近に蟠踞しました。

そもそもの始まりであった真田庄は、「真田の雰囲気」に満ち溢れています。

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真田氏歴史館・真田氏館跡(新歴史紀行)

真田氏館跡の森の中には、真田の六文銭を飾った小さな神社があります。

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真田氏歴史館・真田氏館跡(新歴史紀行)

この一帯は、「御屋敷郷土環境保全地域」として、条例で守られています。

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真田氏歴史館・真田氏館跡(新歴史紀行)

美しい信州の山々が並ぶ信濃・真田庄。

ここから「真田の物語」が始まりました。

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真田氏歴史館・真田氏館跡(新歴史紀行)

周囲を見渡しても、どこまでも山が続く地域です。

この「山に囲まれた」特殊な地域において、真田流軍略は磨かれました。

真田昌幸

信玄公に
若い頃から仕え・・・

真田昌幸

武田流軍学の
真髄を学んだ・・・

信玄の近習として仕え、武田流軍学の真髄を学んだ昌幸。

さらに、昌幸は武田流軍学を発展させて、独自の真田流軍学を生み出しました。

昌幸が信玄の近習として仕えた時期は、ちょうど武田家の最盛期でした。

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武田四天王:左上から時計回りに山県昌景、春日虎綱(高坂昌信)、内藤昌豊、馬場信春(Wikipedia)

山県、馬場、内藤、高坂(春日)の武田四天王に加え、信玄の弟の信繁など名将揃いでした。

昌幸が20代だった1567年から1577年は、武田最盛期から武田転落期に変化しました。

この間、信玄が亡くなり、長篠の戦いが勃発。

武田軍は、武田四天王四名のうち三名までが討ち死にし、

真田昌幸

我が兄、信綱と昌輝も
討ち死にしてしまった・・・

真田家の長男と次男が討ち死にしてしまったために、一時は武藤家を継いでいた三男・昌幸は、

真田昌幸

私が真田を
継ごう・・・

真田家に戻り、昌幸が真田家を継ぐこととなりました。

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真田氏歴史館・真田氏館跡(新歴史紀行)
真田昌幸

我が真田の軍略を
天下に見せつけてくれるわ!

真田の故郷・真田庄の山に囲まれた地で生まれ育った昌幸。

真田昌幸

伏兵を多用した
我が真田の軍略だ!

山々の地形を人格化し、巧みな伏兵戦術を磨き上げました。

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真田氏歴史館・真田氏館跡(新歴史紀行)

真田氏歴史館・真田氏館跡では、真田の六文銭の旗が輝いています。

真田信繁

家康っ!
見参っ!

伏兵戦を多用した緻密な昌幸の戦術と比較して、信繁は突破力が強い印象があります。

昌幸と信繁の戦略・戦術の違いは、与えられた裁量権の違いもあったでしょう。

いずれにしても、「真田の物語」が始まった、美しい山々に囲まれた真田庄。

ぜひ訪問してください。

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