前回は「極めて人気が高い闘将・山口多聞の実像〜山口多聞と真田信繁(幸村)への類似した切ない共感・ミッドウェイ海戦・陸軍軍人よりも人気が高い海軍軍人・「悪役」東條英機のイメージ〜」の話でした。

「多聞」の名前の由来:「忠臣の鑑」の軍神・楠木正成

1892年に生まれた山口多聞。

大楠公(楠木正成)のような
人物になって欲しい!
このような思いを強く持っていた父は、大楠公(楠木正成)の幼名「多聞丸」から、



よしっ!
我が子は「多聞」だ!
そのまま「山口多聞」という名前にしました。
「忠臣の鑑」であり、軍神のような存在の楠木正成。
現代も、皇居のすぐ近くに巨大な銅像があり、楠木正成への「日本人の思い」が残っています。


幕末に、革新的考えや思想面で大きな影響を与えた横井小楠は、



大楠公(楠木正成)のような
大きな人物になりたい!



大楠公にあやかるために、
小楠と名乗る!
大楠公に対して「小さな楠」という意味の「小楠」を名乗ったのでした。
幕末から第二次世界大戦にかけた時代、楠木正成の影響力は絶大だったようです。



よしっ!
楠木正成のように、お国に尽くすのだ!
多聞が生まれた1892年は、大日本帝国の揺籃期でした。


その2年前の1890年には、大日本帝国憲法が施行され、「東アジア初の憲法」でした。
事実上、「アジア初の憲法」とも言え、アジアで先行していた清(中国)に先んじた大日本帝国。


そして、多聞が2歳の時には、日清戦争で大日本帝国が清に快勝しました。



大国である清に
大勝利した!



これからは、我が大日本帝国が
アジアの帝王なのだ!
快勝した大日本帝国は、「アジアの帝王」となりました。
この頃は、「大日本帝国という国家が日々成長する」躍動期だったでしょう。
そして、「軍人として国家に尽くす」ことが「何より最優先された」時代。



俺も一生懸命勉強して
軍人になって、帝国を守る!
まさに「楠木多聞」そのままのような「模範的少年時代」を過ごした山口多聞。
開成中学から海軍兵学校へ:軍人育成を最優先した明治新政府


そして、当時も名門の名が高かった開成中学に入学した山口多聞。
現代、「日本の中高のトップ校の筆頭格」である開成中学は、1871年に設立されました。
つまり、「明治維新の3年後」という極めて早い時期に設立された開成中学。



開成中学で
一生懸命勉強するのだ!
もともと成績優秀だった山口多聞は、猛勉強しました。



我が校、開学以来の
秀才だな・・・
「開学以来の秀才」と言われた山口多聞。
そして、1909年に17歳の頃に帝国海軍軍人のエリートコースである海軍兵学校に入学しました。



海軍兵学校に
入学したぞ!
海軍兵学校は「16歳から19歳の男子が受験資格あり」で、入学時期には幅がありました。
そのため、海軍兵学校は、現代の教育制度では「高校から大学」となりますが、位置付けは「大学同等」でした。
設置年 | 大学名 |
1868年 | 陸軍士官学校(前身の兵学校) |
1869年 | 海軍兵学校(前身の海軍操練所) |
1877年 | 東京帝国大学(帝国大学) |
1897年 | 京都帝国大学 |
1907年 | 東北帝国大学 |
1911年 | 九州帝国大学 |
1918年 | 北海道帝国大学 |
1924年 | 京城帝国大学(韓国、のちに廃止) |
1928年 | 台北帝国大学(台湾、のちに廃止) |
1931年 | 大阪帝国大学 |
1939年 | 名古屋帝国大学 |





とにかく、
欧米に追いつくことが、まず第一だ!



うむ・・・
そして、軍事力の増強だな・・・



エゲレス(英国)は、
中国に攻め込んだごわす・・・



とにかく、軍勢を整えて、
エゲレスやメリケン(米国)に対抗するごわす!
「欧米に追いつく」ために、「お雇い外国人」を呼び寄せて、大学を整備した明治新政府。
最初に、現在の東大である帝国大学(東京帝国大学)を設立したのが、1877年でした。
学問を超重視した明治新政府ですが、それ以前に「外国に侵略されては意味がない」ので、



軍人の指揮官を
多数要請しなければならん!



うむ・・・
陸軍と海軍の士官学校が必要だな・・・
当時、陸軍が主流だったため、陸軍士官学校が先に1868年に、翌1869年に海軍兵学校が設立されました。
陸士(陸軍士官学校)と海兵(海軍兵学校)を急いで設立した事実からは、



とにかく、陸海軍を指揮する
若者を育成するのだ!
軍人育成を最優先した「明治新政府の思い」が、ひしひしと伝わってきます。
いずれも、それぞれ「陸海軍の司令官・将軍・提督を養成するためのエリートコース」でした。
陸士・海兵ともに超難関であり、「帝大(東大)よりも難関」だったと思われます。





ますます勉強して、
帝国海軍軍人として、帝国を守る!
晴れて、海軍兵学校に入学した山口多聞青年は、ますます燃えて、学問に打ち込みました。