米内内閣をあっさり倒閣した帝国陸軍〜「陸軍総意」に押された畑俊六・昭和天皇が「米内総理」相談した伏見宮・戦前の「宮様」の超絶影響力〜|昭和天皇独白録25・昭和の真実

前回は「「真の主権者」が不在だった大日本帝国〜「天皇の形式」が一人歩き・ノモンハン事件とアジア大陸の不明瞭な国境・国境は厳守せずの姿勢〜」の話でした。

目次

昭和天皇が「米内総理」相談した伏見宮:戦前の「宮様」の超絶影響力

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板垣征四郎 陸軍大臣(Wikipedia)
昭和天皇

三国同盟論は、
撤回せよ!

板垣征四郎

それでは
辞表を出させて頂きます。

結果として、大日本帝国を日米戦争に導き、地獄の底に叩き落とす元凶となった日独伊三国同盟。

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山本五十六 海軍次官(Wikipedia)
山本五十六

日独伊三国同盟には
絶対に反対だ!

日独伊三国同盟に対しては、山本五十六が「絶対反対」の姿勢であったことは有名です。

主として「帝国陸軍は賛成、帝国海軍は反対」と表現されることが多い日独伊三国同盟。

帝国海軍内には賛成派もおり、最終的には「日独伊三国同盟締結」となりました。

ここで、大日本帝国の主権者であり、当時は神の存在であった昭和天皇は「三国同盟反対」でした。

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昭和天皇独白録(文藝春秋)
昭和天皇

米内はむしろ
私の方から推薦した。

「三国同盟締結か否か」で揉め続けた中、昭和天皇独白録は、1940年の米内内閣の話になりました。

1941年は、「真珠湾」の前年の時期であり、米内内閣は1940年1月16日に成立しました。

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伏見宮博恭王 軍令部総長(Wikiepdia)
昭和天皇

米内のことを日独伊同盟反対の
伏見宮に相談した処、

伏見宮

差し
支えない。

昭和天皇

という意向だったので、
日独同盟論を抑える意味で・・・

昭和天皇

米内を
総理大臣に任命した。

ここで、注目は、総理大臣任命権を持っていた昭和天皇が、伏見宮に相談していたことです。

当時、永く軍令部総長を務め、帝国海軍に異常な影響力を持っていた伏見宮。

名前生年
伏見宮1875年
昭和天皇1901年
秩父宮1902年
昭和天皇と皇族

昭和天皇よりも26歳も年上であり、バリバリの海軍軍人であった伏見宮。

伏見宮は「宮様の影響力」を遥かに超えた、絶大な影響力を保有していました。

当時、「帝国海軍の主要人事」は「伏見宮抜きには不可能」だった状況でした。

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嶋田繁太郎 海軍大臣(Wikipedia)

この「謎の状況」は、日米戦中の嶋田繁太郎海軍大臣(後に軍令部総長兼務)の時代も続きました。

「伏見宮の秘蔵っ子」であった嶋田繁太郎に対して、伏見宮は「徹底擁護」を続けたのでした。

米内内閣をあっさり倒閣した帝国陸軍:「陸軍総意」に押された畑俊六

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米内光政 内閣総理大臣(Wikipedia)

とにかく、「伏見宮の同意」を取り付けた昭和天皇は、米内光政に組閣を命じました。

昭和天皇

そして米内に大命を授けると同時に、
畑を読んで、米内を援けることを要望した。

昭和天皇

ところが、この要望したことが計らずも
禍を成して陸軍の反対を招いた。

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畑俊六 陸軍大臣(Wikipedia)

陸軍大学校を首席卒業し、若い頃からその名を轟かせていた優等生の畑俊六。

昭和天皇は、「米内+畑」の「陸海軍良識派コンビ」に「三国同盟反対」を委ねました。

昭和天皇

当時、欧州にあるドイツの成功は、
我が国に影響し、日独同盟論者は益々増加し・・・

昭和天皇

また一方、近衛の新体制運動が起こったのと、
かつは陸海軍間の感情論等からして・・・

昭和天皇

米内内閣は、陸軍に
倒された。

昭和天皇が語っている通り、米内内閣は、たった半年ほどで倒閣してしまいました。

米内光政

・・・・・

総理大臣名在職日数(日)
岡田啓介611
広田弘毅331
林銑十郎123
近衛文麿(第一次、第二次、第三次)1035
平沼騏一郎238
阿部信行140
米内光政189
東條英機1009
小磯国昭260
鈴木貫太郎133
戦前の総理大臣在職日数

当時は、内閣が頻繁に入れ替わった時代でしたが、米内光政は無念だったでしょう。

昭和天皇

要するに、最初、畑に援助させたことを
陸軍は釈然とせず・・・

昭和天皇

これに加えて、新体制運動と日独同盟論とが
勢を成して、内閣は陸軍の為に圧せられたのである。

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Adolf Hitler独総統(Wikipedia)
Hitler

全Europeを
我が手に!

「電光石火」を超えた、「ウルトラ電光石火」の如く、欧州を席巻したドイツ。

「領土を猛烈に拡張し続けた」ドイツに対して、「領土を猛烈に拡張したい」陸軍は激しく同調しました。

昭和天皇

米内内閣は、
よくやったと思う。

ここで、昭和天皇の独白は終わり、「昭和天皇独白録」の注釈が続きます。

昭和天皇独白録

実は米内内閣を倒したのは、
畑俊六陸相の辞表提出にあった。

昭和天皇独白録

陸軍は後任の陸相を出さないという、
軍部大臣現役生がある以上・・・

昭和天皇独白録

他から陸相を求めるわけには
いかず・・・

昭和天皇独白録

米内内閣は総辞職するほか
なかった。

昭和天皇独白録

畑は必ずしも三国同盟に
賛成ではなかったが・・・

昭和天皇独白録

陸軍の総意に押し捲られて
辞表を出したのである。

昭和天皇独白録

米内は
辞任の理由で、

米内光政

陸軍大臣は近時の政情に鑑み、
辞表を出したので。

昭和天皇独白録

と率直に倒閣の責任が
陸軍にあることを明らかにした。

とにかく、「陸相辞任+後任陸相出さない」で、あっさり倒閣してしまう状況だった大日本帝国の内閣。

もはや、「帝国陸軍が内閣を支配」する状況でした。

昭和天皇の「よくやった」という言葉。

とにかく、米内光政は、昭和天皇がずっと信頼し続けた人物の一人でした。

「日独同盟の切り札」だった米内光政総理は、陸軍によって消えてしまいました。

超短期間に、極めてあっさり、と。

新歴史紀行

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