医師から軍事専門家へ変身した村田蔵六〜宇和島での蘭学教授と研鑽・高野長英を匿った伊達宗城・「取り潰し」の危険と蘭学者への熱い視線〜|大村益次郎8・人物像・エピソード

前回は「武士に出世した村田蔵六〜百石「御雇」の武士へ・初めて味わった挫折・出身ではない大坂に適塾を設立した緒方洪庵〜」の話でした。

新歴史紀行
兵部大輔 大村益次郎(村田蔵六)(国立国会図書館)
目次

高野長英を匿った伊達宗城:「取り潰し」の危険と蘭学者への熱い視線

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宇和島藩第八代藩主 伊達宗城(Wikipedia)
伊達宗城

村田殿、我が宇和島藩は
あなたを招聘したい!

伊達宗城

あなたに蘭学を中心とする
兵学顧問になって頂きたい!

村田蔵六

承知しました・・・
やりましょう!

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医師・教育者 緒方洪庵(Wikipedia)

緒方洪庵の適塾という、当時最高峰の教育機関で学び、塾頭にまでなった大村。

ところが、傲岸不遜な性格だったため、故郷周防での「「村田医院」は全く流行りませんでした。

失意のどん底にいた村田にとって、「兵学顧問」として招聘されたことは、画期的なことでした。

村田蔵六

よしっ!
私の蘭学の力を活かすのだ!

当時は、日本における学問は、西洋の学問より遥かに遅れていた時代でした。

大学などの確固たる教育制度が、江戸時代初期には確立されていた欧米とは全く異なる状況だった日本。

徳川幕府の鎖国政策の窓口

1.長崎・出島:徳川幕府の公式窓口(オランダ・中国)

2.対馬・宗氏:徳川幕府が公認・間接的関与(朝鮮)

3.蝦夷・松前氏:徳川幕府が半公認・間接的関与(蝦夷及びアイヌ)

4.薩摩・島津氏:徳川幕府は非公認・事実上黙認(琉球・中国・東南アジア)

その中、徳川幕府が欧米の中でただ一つ「公式外交」を行なっていたオランダから、洋学が輸入され、

伊達宗城

これからの時代は、
西洋の学問を学ぶことが大事だ!

伊達宗城

西洋は、学問も兵学も
何もかも進んでいる!

宇和島伊達藩は、10万石であり中位の規模でしたが、

伊達宗城

我が藩は蘭学を推進し、
独自に軍事力を強化するのだ!

学問を重視し、藩の振興と軍事力強化を極めて強く推進したのが伊達宗城でした。

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医師・蘭学者 高野長英(Wikipedia)

蛮社の獄で、徳川幕府に弾圧された高野長英を庇護したことでも有名な伊達宗城。

1846年頃のことであり、

伊達宗城

高野殿のような
優れた蘭学者には活躍してもらうべきだ!

幕府の捕縛を逃れていた高野長英を匿うことは、「幕府に楯突く」ことになります。

下手をしたら「取り潰し」の危険があったにも関わらず、高野を庇護した伊達宗城は、

伊達宗城

優れた蘭学者こそ、
これからの国家の要だ!

このように、蘭学者を極めて高く評価していました。

医師から軍事専門家へ変身した村田蔵六:宇和島での蘭学教授と研鑽

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瀬戸内海(新歴史紀行)

瀬戸内海に面した長州藩・周防国から、同様に瀬戸内海に面した宇和島藩に招聘された村田蔵六。

宇和島藩兵学顧問「御雇」として、百石で召し抱えられた村田。

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長州藩士 高杉晋作(国立国会図書館)
高杉晋作

我が高杉家は
二百石の長州藩士の家柄・・・

長州藩士の中で「中の上」くらいの立場だった高杉晋作は、二百石の家柄でした。(百五十石の説あり)

表高37万石ほどの長州藩と、表高10万石の宇和島藩では、藩士に支給できる石高にも違いがありました。

この違いを考慮すると「破格の待遇」で迎えられた蔵六。

伊達宗城

村田殿には、
我が藩の藩士たちに蘭学を教授し・・・

伊達宗城

西洋兵学に関する
蘭学書の翻訳などをお願いしたい!

村田蔵六

承知しました!
お任せを!

蘭学が若い頃から熱中し続けた蘭学に加え、適塾以来研鑽を積んできた西洋兵学の教授や翻訳。

まさに、当時の蔵六にとっては「ど真ん中」でした。

平素は仏頂面ながら、大感激した蔵六は、一生懸命宇和島藩主・伊達宗城の期待に応えました。

宇和島藩に蓄積されていた大量の蘭学書の中には、適塾にはなかった書籍もあり、

村田蔵六

これは初めて見る
蘭学の書籍だ・・・

村田蔵六

なるほど・・・
砲台の築造はこのようにするのも良いな・・・

村田蔵六

むむむ・・・
これは鉄砲の製造方法の詳細な図ではないか・・・

このように、藩士への蘭学教授と平行して、自らの兵学研究を増強した蔵六。

村田蔵六

砲台の築造は、
このようにやると良いでしょう・・・

伊達宗城

なるほど!
西洋の砲台は全然違うな!

村田蔵六

西洋中の実弾射撃
訓練を実施します!

伊達宗城

西洋の銃は多数の
種類があるが、打撃力抜群だのう・・・

こうして、宇和島藩から招聘されて2年間ほど、一生懸命宇和島藩に尽くした蔵六。

この2年間で、蔵六は西洋兵学の素養を増強させて、医師から軍事専門家に完全に変身しました。

1855年頃には、

伊達宗城

村田殿、
長崎に行って頂きたい・・・

伊達宗城

長崎では、幕府の
海軍伝習所がある・・・

伊達宗城

そこには様々な
優れた人物もいるようだ。

村田蔵六

確かに、幕府の海軍伝習所は
多数の人物を集め・・・

村田蔵六

多額の金銭を投入して、
施設が充実しているようです。

伊達宗城

ぜひ、情報収集や、
今後の宇和島藩のため・・・

伊達宗城

長崎に行ってきて
もらいたい。

村田蔵六

多額の金銭を投入して、
施設が充実しているようです。

向かった海軍伝習所では、超重要な人物との邂逅がありました。

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徳川幕府幕臣 勝海舟(麟太郎)(Wikipedia)

その人物とは、この頃は蔵六同様に若かった勝海舟でした。

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