「統帥権干犯」を明確化した帝国海軍〜軍部の暴走開始と満洲事変・世界最強航空艦隊へつながる空母鳳翔・国力と軍縮と〜|山口多聞5・能力・エピソード

前回は「山本五十六との邂逅果たした山口多聞〜米プリンストン大学への留学・大学院を遥かに超えた海大のレベル・ロンドン軍縮会議と外交の現場〜」の話でした。

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山口多聞 第二航空戦隊司令官(Wikipedia)
目次

世界最強航空艦隊へつながる空母鳳翔:国力と軍縮と

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第一航空艦隊(ビッグマンスペシャル 連合艦隊上巻 勃興編 世界文化社)

後に、第二次世界大戦・大東亜戦争の際には、一時的に「世界最強航空艦隊」を有した帝国海軍。

海軍兵学校卒業期名前専門役職
28永野 修身大砲軍令部総長
32山本 五十六航空(大砲)連合艦隊司令長官
35近藤 信竹大砲第二艦隊司令長官
36南雲 忠一水雷第一航空艦隊司令長官
37井上成美航空第四艦隊司令長官
37小沢 治三郎航空南遣艦隊司令長官
39伊藤 整一大砲軍令部次長
40宇垣 纏大砲連合艦隊参謀長
40山口 多聞航空第二航空戦隊司令官
41草鹿 龍之介航空第一航空艦隊参謀長
連合艦隊幹部の専門・役職・海軍兵学校卒業期(1941年9月)

真珠湾奇襲攻撃を実行した際の、連合艦隊・軍令部幹部の一覧表が上です。

この頃は、明らかに航空に舵を切っていた大日本帝国海軍。

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世界で初めて完成した空母:空母 鳳翔(Wikipedia)

「世界初の空母」と言われる空母・鳳翔を1922年に完成させたのが、帝国海軍でした。

この「世界初」は大英帝国と争っていますが、「最初から空母として設計」した空母では世界初でした。

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ロンドン海軍軍縮会議:1930年(Wikipedia)

そして、山本五十六たちと共に、1930年に開催されたロンドン海軍軍縮条約に出席した山口。

山口多聞

これが軍縮条約の
協議の場か・・・

山口多聞

ここで、世界各国が
自国の主張を戦わせるのだ・・・

1930年頃は、世界的で一時的に平和な時代となっていました。

そして、軍縮協議の場は「机の上の戦い」であり、

米国

Japanは、我が国の
概ね70%という希望は分かります・・・

米国

少し削って、
我が国の69.75%でいかが?

この頃、米国は、明確に大日本帝国を「仮想敵」とし、帝国海軍の力を抑えようとしていました。

米国の本音としては、

米国

Japanの国力を
考えたら、このくらいが妥当では?

国家の総合力である国力を考えると、実態として「69.75%は妥当」でした。

若い頃から、頭脳派であった山口もまた、

山口多聞

まあ、国力から考えると、このくらいの
ラインが妥当だろう・・・

山口多聞

だが、海を守るためには
もっと艦船が必要だ!

こう考えていたでしょう。

「統帥権干犯」を明確化した帝国海軍:軍部の暴走開始と満洲事変

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重巡洋艦 鳥海(Wikipedia)

ロンドン海軍軍縮条約では「5年間、新戦艦建造中止」であり、戦力増強が全面的に抑制されました。

その反面、空母に関しては、「1万トン以下の空母も規制範囲へ」と比較的曖昧な決定でした。

それに対して、戦力の中核とも言える重巡と軽巡に関しては、明確な数値で定められました。

米国大英帝国大日本帝国
重巡10.008.106.02
軽巡10.0013.407.00
1930年ロンドン海軍軍縮条約の規制

ここで、戦艦に近い砲撃を持ち、魚雷を有する強力な重巡への強い規制が問題でした。

軍令部

重巡が対米6.02とは
何事だ!

確かに、空母ばかり活躍が目立つ第二次世界大戦においても、重巡の力は強力でした。

空母と共に組み合わせることで、ある意味では戦艦より役立つ存在となったのが重巡でした。

第二次世界大戦の海戦では、米海軍と帝国海軍の間で、重巡同士の戦闘も多数ありました。

帝国政府

まあ、この辺りで
米国とは上手く妥協しよう・・・

ここで、政府は軍令部の反対を押し切って、強行しました。

軍令部

おいっ!
統帥権をなんだと思っている!

軍令部

これは
統帥権干犯だ!

実際、当時の大日本帝国の国力では、「対米7割」の海軍力をキープするのは大変なことでした。

予算や国力から考えると、本来は「対米7割は極めて困難」でしたが、

軍令部

我が国家を
守るためには、無理でもやるのだ!

「海を守る」帝国海軍としては、予算や財源を度外視しても、海軍力増強を叫んでいました。

犬養毅 立憲政友会総裁(Wikipedia)
犬養毅

国家安危の係るところで、
真に憂慮に堪えぬのである・・・

かねてから、「軍縮派」であった犬養毅立憲政友会総裁は、軍令部の立場から政府を攻撃しました。

これは、犬養毅の立場から考えると、誠に異様な状況でした。

このロンドン軍縮条約において、「統帥権干犯」を言い出した帝国海軍は、

軍令部

統帥権は天皇を
輔翼する軍部のものだ!

軍令部

政府は天皇の輔弼する
行政権を行使すれば良い!

帝国政府帝国陸海軍・軍部
行政権輔弼
統帥権輔翼
大日本帝国憲法における政府と軍部の役割

確かに、大日本帝国憲法の元では、「政府は統帥権にタッチできない」立場でした。

これは、「もともと分かっていたこと」でした。

政府も軍部も「了解していたこと」でしたが、表面化することで、統帥権は巨大な力を持ちました。

帝国海軍・軍令部は「虎の尾を踏んだ」ことになってしまいました。

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満洲国(Wikipedia)

そして、この「統帥権干犯問題」は、翌1931年の満洲事変を引き起こすに至りました。

山口多聞

統帥権か・・・
この扱いは難しい・・・

急激に変わってゆく大日本帝国の姿に対して、山口多聞は大きな危惧を抱いたでしょう。

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