Noを言えない天皇と憲法の慣習法〜東京裁判における木戸発言・「謎の影響力」を有した木戸幸一内大臣・元老不在と東條首相推薦〜|昭和天皇独白録11・昭和の真実

前回は「軍部と一緒に走った大日本帝国臣民〜「米国倒せ!」の怒号と熱気・国民的憤激に油注いだ米国「排日移民法」・「対岸の火事」欧州大戦〜」の話でした。

目次

「謎の影響力」を有した木戸幸一内大臣:元老不在と東條首相推薦

新歴史紀行
木戸幸一 内大臣(Wikipedia)

今回は、戦前において、「謎の影響力」を有した木戸幸一 内大臣に関する話です。

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明治維新の立役者たち:左上から時計回りに木戸孝允、西郷隆盛、大久保利通、岩倉具視(国立国会図書館)

「木戸」という変わった名前が示す通り、「木戸孝允の妹の子」が父で「木戸孝允は大叔父」になります。

維新の四傑(新歴史紀行)

・薩摩:西郷隆盛・大久保利通

・長州:木戸孝允

・公家:岩倉具視

明治維新の四傑の最大の人物だった西郷隆盛は、西南戦争を引き起こし、一時は賊となりました。

その後、大日本帝国憲法制定の際に恩赦されましたが、西郷一族の影響力は大きくダウンしました。

明治中期以降は、政治の世界においては、伊藤博文、山縣有朋ら長州閥が強くなってゆきます。

その影響もあってか、木戸孝允に連なる木戸幸一は、異様なほどの影響力を持っていました。

名前生年役職
杉山 元1880参謀総長
松岡 洋右1880外務大臣
永野 修身1880軍令部総長
木戸幸一1889内大臣
近衛 文麿1891総理大臣
昭和天皇1901天皇
昭和天皇と木戸幸一・帝国政府・大本営大幹部(1941年6月)

1889年生まれで、昭和天皇の12歳年上の木戸幸一。

若い頃から勉強家だった木戸幸一は、京都帝国大学を卒業し、農商務省で勤務しました。

「内大臣」という役職の人物は、実は権力がありそうで、あまりない名誉職でした。

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西園寺公望 元老・元総理(国立国会図書館)

かつては「元老が首相を推薦」していましたが、元老は西園寺公望が最後となりました。

「元老不在」の中、内大臣の木戸幸一が「元老代理」のような存在となりました。

そして、1941年10月の近衛内閣崩壊時には、

木戸幸一

次期首相は
東條が良いかと・・・

昭和天皇

そうか・・・
東條か・・・

「東條首相」を推薦し、事実上「東條内閣を生んだ」のが木戸でした。

Noを言えない天皇と憲法の慣習法:東京裁判における木戸発言

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昭和天皇独白録(文藝春秋)

昭和天皇独白録において、

昭和天皇

所謂午前会議というものは、
おかしなものである。

昭和天皇

全く形式的なもので、
天皇には会議の空気を支配する決定権は・・・

昭和天皇

ない・・・

このように「御前会議=全く形式」と語った昭和天皇。

本書では、木戸内大臣が東京裁判で「昭和天皇と御前会議」に関して語った記録があります。

木戸幸一

国務大臣の輔弼によって、
国家の意思は初めて完成するので・・・

木戸幸一

輔弼とともに
御裁可はある・・・

木戸幸一

そこで、陛下としては、
いろいろ(事前には)ご注意とか・・・

木戸幸一

御戒告とかを
遊ばすが・・・

木戸幸一

一度政府で決して参ったものは、
これを御拒否にならないというのが・・・

木戸幸一

明治以来の日本の
天皇の態度である・・・

つまり、事前報告に対して「注意・戒告」はあっても、決定事項は「そのまま」だった昭和天皇。

木戸幸一

これが日本憲法の実際の運用の
上から成立したところの・・・

木戸幸一

いわば慣習法
である・・・

そして、天皇には「拒否権は一切ない」というのが「慣習法であった」ことを説明した木戸幸一。

大日本帝国憲法日本国憲法
公布1889年(戦前・明治時代)1946年(戦後・昭和時代)
主権天皇国民
天皇神聖不可侵の元首日本国民統合の象徴
戦争天皇が陸海軍を率いる戦争を放棄
軍隊国民に兵役義務交戦権否定
日本国憲法と大日本帝国憲法

上の表は、大日本帝国憲法と現行憲法の相違点をまとめた表です。

「主権」は天皇であり「神聖不可侵の元首」でしたが、「拒否権を持たない」という存在でした。

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左上から時計回りに、Adolf Hitler独総統、Winston Churchill英国首相、Franklin Roosevelt米大統領、J.Stalinソビエト連邦指導者(書記長)(Wikipedia)
Roosevelt

私がNoと
言えば、「終わり」なのだ!

Hitler

このHitlerが
全てを決定する!

Churchill

私は首相だが、
大統領並みの権限がある!

Stalin

Sovietでは、
私に反論する人間は皆無!

当時の世界列強のトップは、異様に強い指導権・拒否権を有していました。

これに対して、大日本帝国トップの昭和天皇が「拒否権を有さなかった」こと。

帝国政府帝国陸海軍・軍部
行政権輔弼
統帥権輔翼
大日本帝国憲法における政府と軍部の役割

そして、行政権と統帥権において、帝国政府が輔弼、帝国陸海軍が輔翼していました。

このように、諸外国とは、決定的に異なる「曖昧な行政・統帥形態」だったのが大日本帝国でした。

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