織田信長 7〜覇王の考えた未来 3〜|戦国武将

前回は「織田信長 6〜覇王の考えた未来 2〜」信長の話でした。

織田 信長(歴史群像シリーズ 図説・戦国武将118 学研)

「中世を抹殺した帝王」はどのような立場で、その仕事を仕上げて海外に雄飛してゆくのか。

そこで「三職推任」問題となります。

当時「正親町天皇に退位を迫っていた」とか「圧力をかけていた」という説もあります。

信長としては、

日本の帝王は、私なのだ。

天皇・朝廷は、別に存在しても構わないが・・・

あくまで「国内」向けだ。

くらいに感じていたのではないでしょうか。

征夷大将軍・関白・太政大臣、いずれに就任するににしても、

「朝廷から任命される」形式は困る。

余が「朝廷より下」と、
海外に誤解されるのではないか。

と懸念していたのでしょう。

実際、幕末にハリスがやってきて、日米修好通商条約を結ぶ時、徳川幕府は「天皇の勅許」を目論みます。

この後、大老 井伊直弼が条約締結を強行しますが、序列が明確な海外にとっては、理解不能な事態でした。

Townsend Harris(Wikipedia)

What ?

徳川幕府の決定を、天皇が反対して潰した?

一体、この国の最高意思決定者は
誰なんだ?

徳川幕府は、外交権を持っているのではないのか?

この事態が生じたのは、1858年。

信長が「三職推任」問題で悩んでいた1580〜82年頃の、約280年後の話でした。

約300年後に起きた問題を、すでに認識していた信長。

信長には世界における「日本の立ち位置」が、くっきりと見えていたのです。

今の歪な状況は、海外諸国に誤解される。

信長が「朝廷をなくす」「天皇制を廃止する」ことを考えていたという説もあります。

しかし、そういう荒っぽいことをすると、国内の収まりがつきにくくなります。

国内が混乱するのは、望ましくない!

現実的ではないわ!

信長は非常に合理的なリアリストですから、無駄なことは避けるはずです。

名称は、別にどうでも良い。

むしろ、既存の朝廷任命の職には興味がなかったでしょう。

自分で「覇王」なり「帝王」を想起させる「新たに創り出した地位」を名乗るつもりだったのでしょう。

「岐阜」という名前を作った時のように・・・

未来的で、世界に通用する名前が良い。

その過程で、

一時的に征夷大将軍でも、関白でもなってやってもよい。

くらいに思っていたように思います。

ただし「一時的」だ!

1582年の織田家勢力図(別冊歴史人 「戦国武将の全国勢力変遷地図」KKベストセラーズ)

どうでも良いから、「天皇・朝廷より下」と
誤解されることだけは避けなければ!

中世を抹殺した男にとって、「天皇の下位としての武家」の立場の打破こそ、中世抹殺の最終章だったのです。

「公家より武家が下」という異常事態を、余が是正せねば!

それが出来るのは、余しかいない!

余は、天皇より上なのだ。

安土城図(歴史人2016年12月号KKベストセラーズ)

安土城をつくった信長。

安土城の一角に、「自らを神に擬す」かのような施設をつくります。

これは、キリスト一神教のキリシタンにとっては、「絶対受け入れられない」事態でした。

少なくとも、日の本の国においては、
余が天皇・朝廷より遥かに上の存在!

それを、全員に理解させるためには、
「余が神である」ことを理解させるのが最も早い!

キリシタンの考えをしっかり理解し、「地球が丸い」ということも理解した先進的頭脳の持ち主・信長。

信長にとっては「神となること」すら、「日本の帝王」となり、海外に飛躍するための方便に過ぎなかったのです。

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