前回は「中世抹殺を試みる帝王の視線〜比叡山・延暦寺焼き討ち・正親町天皇と覇王・信長・朝廷の権威・覇王の考える「超越的地位」・織田四天王・方面軍司令官の活躍〜」の話でした。
日本の帝王から海外へ雄飛:無官の信長
「中世を抹殺した帝王」は、どのような立場で、その仕事を仕上げて海外に雄飛してゆくのか。
すでに信長の視線は、国内から海外に向かっていました。
国内の制覇は、猿(秀吉)や
キンカン頭(光秀)、権六(柴田)たちに任せておけば良い・・・
問題は、余が
どのような立場になるのか、だ・・・
一度は「幕府を開く」征夷大将軍と同等、あるいはそれ以上に重視されてきた右近衛大将に任官した信長。
さらに官位が進んで、右大臣にまで昇ったものの、1578年には、
右大臣を
辞任します!
突然、右大臣を辞任して「無官」となった信長。
・・・・・
正二位という殿上人としての地位は保持しながらも、「無官」の信長。
これは、正親町天皇や朝廷にとっては、
信長は一体
何を考えているのだ?
非常に不気味に感じられたことでしょう。
三職推任問題:征夷大将軍か関白か太政大臣か
そこで「三職推任」問題となります。
もはや、信長は天下(畿内)を
手中におさめている・・・
そして、我が国全体を
支配するだろう・・・
当時「正親町天皇に退位を迫っていた」とか「圧力をかけていた」という説もあります。
ならば、信長に
きっちりとした官位についてもらわなければ・・・
我が
朝廷の立場がない・・・
おそらく、信長は「朝廷を破壊する」考えはなかったでしょう。
日本の帝王は、
余なのだ。
天皇・朝廷は、
対外的には関係ない。
信長としては、対外関係を考えるとき、このように感じていたのでしょう。
凋落の兆しが強かった武田氏でしたが、信長は武田軍団に対しては、万全の体制を取ります。
武田の底力は、余が最も
知っているのだ!
武田家に属する木曽、穴山などの非常に強い国衆に調略を仕掛けます。
さらに、正親町天皇を動かして、武田家を朝敵として、追い込みます。
これで、
万全だろう。
1580年からの2年間で、東に大きく広がった織田家。
中心の豊穣な土地を有していている織田家にとっては、経済力が低い地域です。
石高にして120〜130万石アップし、領土は600万石近くとなった織田家。
信長に相応しい官職:独自の官職を模索
征夷大将軍が
良いのか・・・
武家とはちょっと違うが、
関白か・・・
余に相応しい
官職とは何か?
征夷大将軍にしても関白にしても、「朝廷から任命される」のです。
「朝廷より下」と
海外に誤解されるのでは?
信長は、朝廷との上下関係を強く懸念していました。
信長が「朝廷をなくす」「天皇制を廃止する」ことを考えていたという説もあります。
そういう荒っぽいことをすると、国内の収まりがつきにくくなります。
南蛮などとの関係は
重要だが・・・
国内が治まらなければ、
意味がないわ!
信長は、「天皇制・朝廷の廃止」は「現実的ではない」と考えていたでしょう。
非常に合理的な、リアリストだった信長。
特にその傾向は、後半に強く現れます。
無駄なことは、避けるはずの信長。
余は、これまでの
我が国にいない人物!
むしろ、既存の朝廷任命の職には興味がなかったでしょう。
自分で「覇王」なり「帝王」を想起させる「新たに創り出した地位」を名乗るつもりだったのではないでしょうか。
余のために、
新たな地位・役職を作りたい。
その過程は、様々な調整が必要かもしれません。
そして、時間がかかるかもしれません。
一時的に征夷大将軍か、
関白になってやってもよい。
信長が平氏を名乗っていたので、「源氏の征夷大将軍にはなれない」という説もあります。
「源氏か平氏か」
など・・・
もはや、
どうでも良いわ!
「信長の弟子」たちが四方で活躍:各方面軍団長たち
対外関係を念頭に、朝廷との関係などに思考を集中していて、軍事面は「家臣に任せていた」信長。
光秀や滝川一益は、信長よりも年上でした。
信長からすれば家臣として取り立て、自ら先頭にたって戦略と戦術を教え込んで「育て上げた」気持ちだったでしょう。
光秀の年齢は諸説ありますが、信長よりも6歳ほどは年上でした。
「生まれながらの大名」であった信長は、そういう光秀や一益の才能を愛しました。
キンカン頭、権六、猿、
一益、五郎左(丹羽)が居れば・・・
余の出る幕は
ないわ。
そして、自ら育て上げた親のような気持ちだったのでしょう。
若い頃から、ずっと悩まされ続けた武田家を叩き潰した信長。
後は問題
ないわ!
「あとは問題ない」と自分の「弟子たち」が自動的に天下を統一してくれる状況です。
朝廷との折衝は、
朝山日乗だが。
幕府との関係もあるし、
キンカン頭に任せよう。
ははっ!
お任せを!
猿、権六、一益、
五郎左(丹羽)は、幕府や朝廷のことは分からぬ。
奴らは、
前線で敵を撃破する役目だ。
その中、信長は自らの立場と、「中世抹殺の総仕上げ」に全精力を注ぎ込んでいました。
次回は上記リンクです。