織田信長 6〜覇王の考えた未来 2〜|戦国武将

前回は「織田信長 5〜覇王の考えた未来 1〜」信長の話でした。

織田 信長(歴史群像シリーズ 図説・戦国武将118 学研)

「中世を抹殺した帝王」は、どのような立場で、その仕事を仕上げて海外に雄飛してゆくのか。

そこで「三職推任」問題となります。

当時「正親町天皇に退位を迫っていた」とか「圧力をかけていた」という説もあります。

おそらく、信長は「朝廷を破壊する」考えはなかったでしょう。

日本の帝王は、
余なのだ。

天皇、朝廷は、対外的には関係ない。

信長としては、対外関係を考えるとき、このように感じていたのでしょう。

1580年の織田家勢力図(別冊歴史人 「戦国武将の全国勢力変遷地図」KKベストセラーズ)

凋落の兆しが強かった武田氏でしたが、信長は武田軍団に対しては、万全の体制を取ります。

武田の底力は、余が最も
知っているのだ!

武田家に属する木曽、穴山などの非常に強い国衆に調略を仕掛けます。

武田 勝頼(歴史群像シリーズ 図説・戦国武将118 学研)

さらに、正親町天皇を動かして、武田家を朝敵として、追い込みます。

これで、万全だろう。

1582年の織田家勢力図(別冊歴史人 「戦国武将の全国勢力変遷地図」KKベストセラーズ)

1580年からの2年間で、東に大きく広がった織田家。

中心の豊穣な土地を有していている織田家にとっては、経済力が低い地域です。

石高にして120〜130万石アップし、織田家の領土は600万石近くとなります。

征夷大将軍が良いのか・・・

ハードルが高いが、関白か・・・

征夷大将軍にしても関白にしても、「朝廷から任命される」のです。

「朝廷より下」と海外に誤解されるのでは?

信長は、朝廷との上下関係を強く懸念していました。

信長が「朝廷をなくす」「天皇制を廃止する」ことを考えていたという説もあります。

そういう荒っぽいことをすると、国内の収まりがつきにくくなります。

南蛮などとの関係は重要だが・・・

国内が治まらなければ、
意味がないわ!

信長は、「天皇制・朝廷の廃止」は「現実的ではない」と考えていたでしょう。

非常に合理的な、リアリストだった信長。

特にその傾向は、後半に強く現れます。

無駄なことは、避けるはずの信長。

余は、これまでの我が国にいない人物!

むしろ、既存の朝廷任命の職には興味がなかったでしょう。

自分で「覇王」なり「帝王」を想起させる「新たに創り出した地位」を名乗るつもりだったのではないでしょうか。

余のために、新たな地位・役職を作りたい。

その過程は、様々な調整が必要かもしれません。

そして、時間がかかるかもしれません。

一時的に征夷大将軍か、関白になってやってもよい。


信長が平氏を名乗っていたので、「源氏の征夷大将軍にはなれない」という説もあります。

「源氏か平氏か」など・・・

もはや、どうでも良いわ!

対外関係を念頭に、朝廷との関係などに思考を集中していて、軍事面は「家臣に任せていた」ように感じます。

織田四天王

光秀や滝川一益は、信長よりも年上でした。

信長からすれば家臣として取り立て、自ら先頭にたって戦略と戦術を教え込んで「育て上げた」気持ちだったでしょう。

光秀の年齢は諸説ありますが、信長よりも6歳ほどは年上でした。

「生まれながらの大名」であった信長は、そういう光秀や一益の才能を愛しました。

キンカン頭、権六、猿、
一益、五郎左(丹羽)が居れば・・・

余の出る幕はないわ。

そして、自ら育て上げた親のような気持ちだったのでしょう。

若い頃から、ずっと悩まされ続けた武田家を叩き潰した信長。

後は問題ないわ。

「あとは問題ない」と自分の「弟子たち」が自動的に天下を統一してくれる状況です。

朝廷との折衝は、朝山日乗だが。

幕府との関係もあるし、キンカン頭に任せよう。

ははっ!
お任せを!

猿、権六、一益、
五郎左(丹羽)は、幕府や朝廷のことは分からぬ。

奴らは、前線で敵を撃破する役目だ。

その中、信長は自らの立場と、「中世抹殺の総仕上げ」に全精力を注ぎ込んでいました。

この記事が気に入ったら
フォローしてね!

目次