西郷隆盛 4〜急変する世の中〜|幕末維新

前回は「西郷隆盛 3〜近世を葬った男の若き日々〜」の話でした。

西郷隆盛(国立国会図書館)

開国派と攘夷派で議論沸騰の中、なんとか「日米修好通商条約締結の方針」でまとめ上げた老中首座の堀田正睦。

老中首座 堀田 正睦(歴史道vol.6 朝日新聞出版)

真面目な堀田は、ここで朝廷及び天皇の承認を得て、国論統一を図ろうとします。

反対が多いから、
「天皇が承認した」で、反論を封じ込めよう。

しかし、想定外の事態に陥ります。

孝明天皇(Wikipedia)

なんと、「一応承認を得る」くらいの気持ちだった孝明天皇が「No!」を突きつけてきたのです。

夷狄と条約など、もっての外!

それも、駆け引きではなく攘夷超推進派の孝明天皇は「絶対にNo!」と言ってきます。

絶対にNoだ!

徳川幕府は、一体何考えているんだ!

は?なんで?

いくら天皇とはいえ、外交権は幕府にあります。

幕府の決定事項に関して、天皇や朝廷が、何か主張してくることは想定していなかったのです。

徳川 家康(Wikipedia)

朝廷や天皇が「政治に口出さない」ように、徳川家康は禁中並公家諸法度を策定しました。

天皇や朝廷に、政治・外交に口出させては
ならない!

天皇や朝廷は、公家らしく生活して居ればよい。

全ては、徳川幕府に任せよ!


家康は明確に「政治・外交は幕府がやるから、朝廷は黙ってなさい」という意思表示したのです。

幕府の政治力を確立していたのもの、長州藩らの協力によって自信を持った朝廷と天皇は、公然と幕府に反論します。

しかも孝明天皇は、かなりの自信家でした。

私は天皇なのだ!

と、強硬姿勢を鮮明にしてきます。

Townsend Harris(Wikipedia)

交渉していた米国のハリスは、イライラしたでしょう。

一体、この国の最高意思決定者は
誰なんだ?

Shogunなのか?
Emperorなのか?

どっちなんだ!

混迷に次ぐ、混迷となりました。

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