前回は「「一度決意したこと撤回しない」信長〜大ベテラン松永久秀の洞察・「新将軍」らしい強気の姿勢見せた義昭・乗り込んできた三好三人衆〜」の話でした。
京の寺院勢力を一気に壊滅:徒労に終わった「贈物攻撃」

織田信長寺院を破壊して、
早く公方様の城を建築するのだ!
1568年、将軍奉戴の形式で、一気に京に乗り込んできた織田信長は、次々と革命を起こしました。
京・山城、あるいは、大和周辺の地において、絶大な権力を持っていた寺院。
その絶対権力者・寺院に対して、「破壊する」という信じられない行為に踏み切りました。



仏僧ら一同は、弾正殿の許に至り、彼らのために
信長のところで、執り成してくれるように乞うた。
仏僧たちは、「かつての絶対権力者」であった松永久秀にすがりつきましたが、



信長は、決めたら
変えない男だ・・・
松永久秀は、仏僧たちの懇願を却下しました。
松永の立場から考えれば、「寺院・仏僧に苛烈な姿勢」をとり続けている信長に敵対することは、



今は、信長には
敵対できん・・・



そもそも、奴は
俺が何を言おうと「変更」はない・・・
「信長が変更することはない」ので意味がない上に、メリットも何もありませんでした。
この点では、実に的確に「織田信長という若造」を良くみていた松永は、さすがに慧眼でした。



そこで、市(まち)の法華宗徒千五百人秤が
集合し、多大の贈物を携え・・・



望みのまま金銀をいくらでも出すから、
きわめて古く、全日本でいとも著名なその寺院に対する・・・



この大いなる侮辱を免じてもらいたいと
信長に懇願した。
松永に「信長との仲介」を拒絶された、法華宗徒たちは1500人も集まり、「贈物攻撃」を開始しました。



だが全ては
徒労であった。



彼らは内裏及び
公方様の許へも赴いたが・・・



信長を動かすには
至らなかった。



ついに何らの効果もなく、全ては
取り壊されてしまったので・・・



仏僧らはこれを委託
泣き悲しんだ。



以上は、かの傲慢にして悪魔的な
寺院の幸いな結末であった。
信長は自ら決意した「寺院破壊」をとことん成し遂げ、京の法華宗は一気に壊滅状態に陥りました。
そして、「仏敵」ならぬ「神敵」であった法華宗の没落を、フロイスは喜んでいました。
天皇・内裏・公家の心を一気に掴んだ信長:朝廷と将軍家と寺院





さらに彼(信長)は、新たに、
全日本の国王なる天皇のために・・・



一宮殿を再建することを命じ、
また皇子なる内裏の一子のためにも・・・



他より優雅で豪壮な
宮殿を建てた。
寺院を破壊し、将軍家に次いで、天皇の宮殿・住まいを建て続けに建築することを命じた信長。



中には特に、当時天下における最も美麗にして
優雅な建築の一つである全て塗金した一室があった。



これ及びその他を、彼は霜台の宮殿である
多聞山城から取り寄せたのであった。


秀吉とは異なる発想で、「金を重んじた」織田信長。
秀吉の「金の茶室」に類似した「全て塗金した一室」を、松永久秀に持って来させました。



そして内裏は多年にわたり
貧窮のうちに生活していたので・・・



信長は彼のために収入を
確定し、彼に多くの贈物をした。
応仁の乱以後、「日本のボス」であった天皇・朝廷・内裏は、貧窮し続けました。



この信長が、天皇・内裏のために
住まい(宮殿)を建てましょう!



さらに、天皇・内裏には贈物を差し上げ、
きちんとした収入を確定します!
そして、信長は、一気に「天皇・内裏の再建」に挑み、これを成し遂げました。
天皇・内裏が感謝したのは当然のことであり、ここにおいて、信長の名声は一気に高まりました。



信長は公家をその悲惨さと極度の困窮から救い、
新たな俸禄を給したのみならず・・・



百年来、彼らに属していたものを
確認させて、全てを彼らに返還するように命じた。
とにかく、寺院勢力には苛烈に当たった信長は、天皇・内裏・公家に対しては正反対の姿勢を取りました。



まずは公家たちには、
私から俸禄を与えます!



公家たちが持っていた
権益を全て変換しましょう!
この「神様のような存在」となった信長に対し、公家たちは「大歓迎」だったでしょう。
こうして、一気に「天皇・内裏・公家の心」を掴んだ織田信長。
このフロイスの記述から、織田信長が「自らつくる未来」の作成に着手していることは明らかでした。
「天皇・内裏・公家の心」をわしづかみにした信長は、一気に飛躍する基盤を整えました。

