「真の主権者」が不在だった大日本帝国〜「天皇の形式」が一人歩き・ノモンハン事件とアジア大陸の不明瞭な国境・国境は厳守せずの姿勢〜|昭和天皇独白録24・昭和の真実

前回は「「憲法停止+天皇親政」拒否した昭和天皇〜「第二の建武中興」明治維新・「昭和天皇親政強行」のifの歴史・日本の「全く違う歴史」〜」の話でした。

目次

「真の主権者」が不在だった大日本帝国:「天皇の形式」が一人歩き

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秩父宮(Wikipedia)
秩父宮

憲法を停止し、
「親政」を実施してはどうか。

昭和天皇

(それは)伝統を傷つける
もの(である)。

名前生年
昭和天皇1901年
秩父宮1902年
昭和天皇と秩父宮

昭和天皇と一才違いの弟の秩父宮の間では、このような激論が行われていました。

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昭和天皇独白録(文藝春秋)

この激論は、「昭和天皇独白録」が、「西園寺公と政局」から引用しています。

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板垣征四郎 陸軍大臣(Wikipedia)
昭和天皇独白録

また、板垣陸相との衝突については、
独伊が第三国と戦う場合に・・・

昭和天皇独白録

日本が参戦するのかどうか、
という三国同盟最大の問題点について・・・

昭和天皇

出先の両大使(大島・白鳥)が、
参戦の意を表したことは・・・

昭和天皇

天皇の大権を
犯したものではないか。

昭和天皇

かくのごとき場合に、(陸相が)
あたかもこれを支援するがごとき態度をとることは・・・

昭和天皇

甚だ
面白くない。

昭和天皇

また、閣議ごとに逸脱せることを
いうが如くも・・・

昭和天皇

甚だ
面白くない。

昭和天皇独白録

と、昭和天皇が激しく板垣を面詰している
事実を指すのであろう。

当時、帝国陸軍に対して、内心「怒り心頭であった」昭和天皇。

「西園寺公と政局」「昭和天皇独白録」によると、昭和天皇は、板垣陸相を面詰していました。

昭和天皇

甚だ
面白くない。

このように国家元首である昭和天皇が「面白くない」を超えて「甚だ面白くない」を二度言った事実。

日独伊三国同盟に対して、「日米戦争につながる」危惧を抱いていた昭和天皇は。

昭和天皇

三国同盟論は、
撤回せよ!

板垣征四郎

それでは
辞表を出させて頂きます。

昭和天皇

・・・・・

板垣陸相に「三国同盟論撤回」を命じたところ、「辞職攻撃」の反撃を受けてしまいました。

もはや「誰が国家主権者なのか」が不明であり、「天皇という形式」が国家を支配していました。

そして、「国家の方針を決定する人物」が不在のまま、日米戦争に進んでしまった大日本帝国。

「真の主権者」が不在であり、「たかが一大臣」だった陸軍大臣が昭和天皇に「辞職」反撃した事実。

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駐ドイツ大使 大島浩(Wikipedia)

そして、「たかが一大使」がタッグを組んで、国家の条約を決定してしまった事実。

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白鳥敏夫 駐イタリア大使(Wikipedia)

この「異形の国家」が、当時の大日本帝国の真の姿でした。

この「異常極まりない国家体制」を変えるのは、確かに「天皇親政」しかありませんでした。

この意味では、秩父宮の発想は「極めて的を得ていた」とも言えます。

ノモンハン事件とアジア大陸の不明瞭な国境:国境は厳守せずの姿勢

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万里の長城(新歴史紀行)

そして、昭和天皇の独白は続き、遂にノモンハン事件に至ります。

昭和天皇

ノモンハン方面の
ソ満国境(正しくは満蒙国境)は・・・

昭和天皇

明瞭ではないから、不法侵入は
双方から言いがかりが付くわけである。

島国・日本から見れば、アジア大陸の国境は「全く明瞭ではない」状況でした。

現代においても、一応「国境」はきちんと定まっていますが、国境付近は双方の主張があります。

昭和天皇

当時、関東軍司令官
山田乙三(植田謙吉の間違い。山田は終戦時の関東軍司令官)

昭和天皇

には、満洲国境を厳守せよとの
大命が下してあったから・・・

昭和天皇

関東軍が侵入、ソ連兵と
交戦したのは・・・

昭和天皇

理由のある事で、また
日満協同防衛協定の立場から・・・

昭和天皇

満洲国軍がこれに参加した事も
正当な事である。

昭和天皇

この事件に鑑み、その頃命令を
変更して、

昭和天皇

国境の不明瞭なる地方、及び僻遠の地方の
国境は厳守するに及ばず、ということにした。

ここでは、ノモンハン事件に関して、軽く触れているに留めた昭和天皇。

明治維新の時には、現在の日本と同じくらいの領土であった大日本帝国。

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日清戦争(Wikipedia)

日清戦争で勝利して、台湾を獲得しました。

新歴史紀行
日露戦争(Wikipedia)

その後、日露戦争によって、南樺太を得た後、さらに朝鮮半島を併合してしまった大日本帝国。

さらに、第一次世界大戦によって、ドイツが支配した南東の島々を多数獲得しました。

そして、1931年の満洲事変によって「事実上満洲を支配下」とした大日本帝国。

現在では考えられないほど、広大極まりない領土を、東京から支配を続けていました。

そして、日本人が、あまり経験したことがなかった「陸の国境はどこか?」という問題。

昭和天皇は、この困難な「陸の国境」に対して、踏み込まない姿勢を明らかにしていました。

これは、昭和天皇の姿勢が賢明でした。

ところが、「不明の陸の国境」を帝国陸軍は「ひたすら拡張」したのでした。

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