滝川一益 19〜織田家四天王の一人〜|戦国武将

前回は「滝川一益 18〜忍武神の輝き 4〜」の話でした。

滝川 一益(歴史群像シリーズ 図説・戦国武将118 学研)

はるかに劣る軍勢で北条家に挑んだ猛将・滝川一益。

押せ、押せ!

北条を叩き潰せ!

緒戦は打撃を与えたものの、その後は多勢に無勢で押しまくられ一気に敗北します。

神流川周辺(歴史群像シリーズ51 戦国合戦大全 下巻 学研)

「アウェーすぎる土地」で、領主として入国してから「実にわずかな期間」での大会戦でした。

「共に戦う有力な武将が不在」の中、猛将は最後の輝きを放とうとし、敗北し失意に沈みます。

歴戦の武将である
私が敗北した・・・

北条 氏政(Wikipedia)

織田家伊勢侵攻戦で頭角を現し第一線を歩み続け、宿老として早くから織田家の柱の一つであった滝川一益。

「甲賀出身」とも言われますが、詳細は不明です。

信長様に引き立てられ、
信長様に尽くしたが・・・

織田 信長(歴史群像シリーズ 図説・戦国武将118 学研)

本能寺の変直前には、「関東管領」として「東国の王」となった一益。

一時は、「戦国最強」の武名を天下に鳴らした武田家を叩き潰した事実上の総司令官でした。

武田 勝頼(歴史群像シリーズ 図説・戦国武将118 学研)

武田勝頼を天目山に追い詰めたのは、1582年3月11日。

その後、東国に入国したものの3ヶ月とたたぬうちに、本能寺の変勃発となりました。

本能寺の変直後の神流川の戦いで、北条家に大惨敗し、一気に落魄します。

こんなことになるとは・・・

疲れた・・・

「悪すぎる条件・状況」の中で逃げることなく、戦い抜きました。

「織田四天王の一人」として、己の生き様を貫いた猛将の最後の奮闘でした。

滝川一益の退却ルート(歴史群像シリーズ51 戦国合戦大全 下巻 学研)

誰が戦っても敗北必至の、非常に厳しい状況。

この状況において、織田家方面軍司令官・関東管領としての輝きを、一瞬でも強烈に放った一益。

私は決して
逃げなかった!

決して逃げない勇敢な姿勢は、「亡き織田信長の名誉」にもなったでしょう。

よくぞ戦った!

さすがは、
織田四天王だ!

そして、それはこれから沈んでゆく「織田家」の大いなる光となったのです。

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