滝川一益 9〜真田昌幸の離反〜|戦国武将

前回は「滝川一益 8〜北条家と決戦へ〜」でした。

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滝川一益(歴史群像シリーズ 図説・戦国武将118 学研)
旧領奪還の固い決意を固めた北条氏政。
北条家の総力を上げて、50,000人の軍勢を集めます。
当時は、概ね「4万石で1,000人」の動員換算なので、50,000人の動員は「200万石相当」となります。
まさに、当時の北条家の全ての力を上げて、滝川軍に襲い掛かりました。
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北条氏政(Wikipedia)

 

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真田昌幸(歴史群像シリーズ 図説・戦国武将118 学研)

武田信玄の薫陶を長年に渡って受けてきた、真田昌幸。
情報を重視した信玄のそばに居続けた昌幸は、兼ねてから諜報部隊の強化を実施してきました。
父の真田幸隆は、武田信玄に支えてずっと、調略でのし上がってきました。

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真田幸隆(Wikipedia)

相手を調略するためには、相手の周辺の情報を得ることが必須です。
おそらく、真田家には幸隆以前から、強固な諜報組織があったのでしょう。
その諜報組織を、さらに信玄流にアレンジした真田昌幸。
「草の者」と呼ばれる多数の忍者・諜者集団を抱え、その諜報能力は全国屈指のレベルでした。
情報をかき集めた昌幸は、判断を下します。
「滝川は保たない。北条に勝つことは不可能。」と。
ついに、真田は「滝川とは大した縁もない上に、旧主 武田家を潰した張本人だわ!
私が援護してやる義理はないわ!」と絶縁します。

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武田勝頼(歴史群像シリーズ 図説・戦国武将118 学研)

確かに、武田勝頼を天目山に追い込んだ張本人が、滝川一益だったのです。

上野周辺の小大名・国人が支援してくれません。
事実上自らのかつての領国の伊勢衆のみを率いて、滝川一益は北条家に挑みます。
一説には滝川軍18,000対北条家50,000とも言われ、平地の多い上野付近でこの兵力差は如何ともし難い軍事力の差。

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神流川周辺(歴史群像シリーズ51 戦国合戦大全 下巻 学研)

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織田信長(歴史群像シリーズ 図説・戦国武将118 学研)

絶体絶命に陥った、滝川一益でした。

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