滝川一益 7〜北条家来襲〜|戦国武将

前回は「滝川一益 6〜北条家の狙い〜|戦国時代」でした。

滝川一益(歴史群像シリーズ 図説・戦国武将118 学研

織田家の関東方面軍司令官滝川一益に従属していた北条家。

本能寺の変で、信長・信忠が自刃に追い込まれた事実を掴みます。

一時は関東の覇王であった北条家四代目 北条氏政。

四代目ともなると、プライドも高くなります。

北条 氏政(Wikipedia)

関東の王は、俺だ!

織田でも滝川ではないわ!

しかも織田は消えたも同然!

織田家との断交を決断した北条氏政。


ここぞとばかりに、滝川一益と断交し、関東へ一気に勢力拡張を図ります。

そもそも上野周辺の関東北部は、30年ほど前は「北条家のものだった」のです。

その後、上杉謙信が突然関東に乱入してきたり、武田信玄が駿河に侵攻したりでゴタゴタしました。

関東・甲信勢力図 1555年(歴史人 2020年11月号掲載図から一部抜粋

一度は関東北部を手中に入れた北条家。

北条 氏康(Wikipedia)

北条は、全国有数の大大名になったぞ!

西上野に勢力を張る長野業政に手こずっていた信玄が、業政死後に上野に進出してきます。

そして、上野は武田に奪い取られてしまったのです。

一度は北条・武田・今川三国同盟を結んでいたものの、勝手に破棄した信玄に激怒し、武田家と断交しました。

晴信、許さん!

上杉家と同盟した時期もありましたが、上杉謙信も当てにならないところも多かったのです。

上杉 謙信(歴史群像シリーズ 図説・戦国武将118 学研)

嫌々、謙信と同盟結んだが・・・・・

あいつは、あまり当てにならん!

北関東は武田・上杉・北条の三つ巴で争っているうちに、中央で織田家が尋常ならざる勢いで勢力を伸ばしていました。

いつの間にか、北関東が織田のものになっていた感じだ・・・

北条家からすると、不思議な感覚だったでしょう。

そして、北条氏政は5万を超える大軍を大動員して、上野にいる滝川軍に迫ります。

我が北条家の底力を見よ!

関東管領格となった滝川一益ですが、まだ入国してまもなく、寄騎が少ない状況。

しかし、頼りになる男が、最近味方になっていました。

真田 昌幸(Wikipedia)

真田昌幸です。

近習として長年に渡り、武田信玄の薫陶を受け、のちに「戦国随一の知謀」といわれた真田昌幸。

さらに少し時代が後になって登場し「日本一の兵(つわもの)」と言われた真田幸村(信繁)の父。

真田 幸村(Wikipedia)

大変な事態だが・・・

真田がいるのは、心強い!

そう考える滝川一益でした。

この記事が気に入ったら
フォローしてね!

目次