前回は「真珠湾奇襲攻撃 17〜奇襲攻撃のタイミング〜」でした。

山本長官は悩みます。
図上演習の結果を考えると、日本海軍の空母のダメージを最小限にするためには、「奇襲攻撃直前」に宣戦布告するのが良いのです。
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山本五十六連合艦隊司令長官(連合艦隊司令長官 別冊歴史読本 新人物往来社)

日本も批准していたハーグ条約では、「最後通牒・宣戦布告なしに戦争を始めてはならない」という規約があります。

政府と軍部の間で宣戦布告に関して議論がされ、東郷茂徳外相は最後通牒として米国へ交渉打ち切りを提言します。

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東郷茂徳 外務大臣(Wikipedia)

しかし、奇襲攻撃の発覚を懸念した山本長官はじめとする海軍は、出来るだけ直前の宣戦布告・最後通告を要望します。

ハーグ条約では宣戦布告を実際の戦闘の「どのくらい前の時間までにしなければならない」という規定はありません。

理論上は戦争開始一分前でも良いのです。

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永野修身 軍令部総長(連合艦隊司令長官 別冊歴史読本 新人物往来社)

一分前というわけにもいかず、山本長官・作戦実行責任者の南雲司令長官・永野総長で「1時間前か2時間前か」と相談します。
最終的に山本長官がまたもや押し切り、ギリギリの「奇襲攻撃30分前」と決まります。
「30分前」となると攻撃を実施する南雲機動部隊にとっても大変な重荷です。

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南雲忠一 第一航空艦隊司令長官(連合艦隊司令長官 別冊歴史読本 新人物往来社)
「米海軍に気づかれずに、こっそりとハワイ真珠湾に近づく」だけでも大変な苦労であるのに、さらに「時間をきちんと管理して、宣戦布告前に攻撃してはならない」のです。
きちんと時間を管理して、真珠湾近くに早く到達してしまったら「宣戦布告まで周辺で待つ」必要があります。
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第一航空艦隊旗艦 空母赤城(Wikipedia)
海流などによって進路や速度を制御する海上運転としては、極めて大きな困難です。
これは大変なことなので、南雲長官は「せめて1時間前」と主張したでしょう。
しかし、山本はまたここで押し切ります。
「出来ないなら、辞表を出せ。」と。
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山本五十六 連合艦隊司令長官(連合艦隊司令長官 別冊歴史読本 新人物往来社)

真珠湾奇襲攻撃はワシントン時間で13:30でしたが、その30分前の13:00に米国に宣戦布告することに決定しました。
これには作戦実施の草鹿参謀長も「流石に難しいのでは。」と考えますが、山本長官が強行に進める以上仕方ありません。

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草鹿龍之介 第一航空艦隊参謀長(連合艦隊司令長官 別冊歴史読本 新人物往来社)
山本長官に反論したところで、「嫌なら辞表出せ。」と言われるに決まっています。
剣術の達人であった草鹿参謀長は「もう、えいやっとやるしかないな。」と考えます。
東條首相も「30分前か。そんなに直前で大丈夫か。」と感じますが、首相といえども陸軍軍人である東條首相は海軍にはあまりモノを強くは言えない状況です。
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東條英機 内閣総理大臣兼陸軍大臣(国立国会図書館)
とにかく、「宣戦布告が遅れて、卑怯者呼ばわりされることだけは絶対に避けろ!」と東條首相は東郷外務大臣に厳命します。
そして、東郷外務大臣は野村米国大使に「万全期して、準備をしておけ!」と伝えます。
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野村吉三郎 米国大使(連合艦隊 勃興編上巻 世界文化社)
「分かりました。」と答えた野村大使でしたが、米国大使館内では野村大使以下の館員たちは「国家の命運を左右する」という緊張感を持たずに日々過ごしていたのでした。
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