前回は「真珠湾奇襲攻撃 5〜山口多聞の熱意・第二航空戦隊・飛龍・蒼龍・洋上給油〜」の話でした。
押される山本長官:攻撃空母六隻へ


山口が
そこまでいうなら・・・
と、山本は山口の気持ちを理解します。


軍令部を押し切った山本は、今度は山口に押し切られます。



分かった。山口。
お前も一緒に真珠湾へ行ってもらおう。



よし!
山本は一度決定した「空母四隻」から「空母六隻」への増強を軍令部へ伝えます。



奇襲部隊の空母は、
四隻から六隻にします。
本来、作戦指導する軍令部。
これでは、逆です。
本来は、軍令部が連合艦隊に作戦指導するのが日本海軍の仕組みです。
完全に主客転倒した状況となりました。
追認する軍令部:伊藤次長
困った、伊藤軍令部次長。





はぁ・・・
この状況では、もはや山本長官が全ての責任と権限を持ったかの状況です。
「空母六隻案」案への作戦変更も承認されます。
「承認」というより「追認」です。
連合艦隊の旗艦は、まもなく完成する戦艦大和の予定です。
日本の最重要艦隊はこの時点では、精神的には戦艦大和です。
そして、航空戦に移行しつつある中、最も重要な正規空母を、ほぼ全て投入する作戦となります。
山本司令長官は思います。



まさに
乾坤一擲の奇襲作戦だ。
当時、世界最強の米海軍に対して、海軍力を比較すると世界2位の日本。
米国は太平洋と大西洋に部隊を分ける必要があり、対して日本も太平洋とインド洋・南洋に艦隊を分ける必要があります。


そして、戦艦の数は米海軍に負けていても、航空戦の空母の数のみは日本海軍が米海軍を上回っていました。
「空母機動部隊の生みの親」小沢治三郎長官
「空母機動部隊の生みの親」と言われる小沢治三郎 南遣艦隊司令長官。
小沢もまた、賛成します。


兵力は集中運用が基本で、分散させるよりも集中させる方が合理的です。
もともと小沢は、その思想でした。



空母は分散させず、
数隻をまとめ戦力を集中すべし!



海軍の主戦力は
航空機・空母になる!
伊藤軍令部次長は、もはや全ての作戦を「追認する」しかありません。





これでは、
軍令部の存在意義がなくなるが・・・
海軍全体が、
山本長官に
任せた!
状況となりました。
最終的に、主力の正規空母六隻を中心とする超強力なハワイ真珠湾攻撃部隊が編成されました。


作戦計画は決まりました。





大変危険で、
色々とあった・・・



だが、この最強部隊なら
米太平洋艦隊を完膚なきまで叩けるだろう!
ここで人事、つまり奇襲部隊を率いる司令長官が問題となります。
作戦に関する最高意思決定者は永野軍令部総長であるのに対し、人事の最高意思決定者は及川古志郎 海軍大臣です。


作戦が決定したものの、今度は人事で一悶着します。