戦艦大和の模型作成 10〜軍機「超巨大戦艦大和の建造」・米軍すらキャッチ不可能の秘匿性・巨大戦艦に「期待してなかった」航空派山本五十六・巨大砲塔の射撃の精度・長大すぎた最大射程距離〜|第二次世界大戦

前回は「戦艦大和の模型作成 9〜「世界の戦艦の帝王」の「世界最強の巨砲」主砲・米内光政海軍大臣の思い:戦艦大和を「第一号艦建造」として命令・海軍三羽烏の米内光政と山本五十六と井上成美〜」の話でした。

目次

軍機「超巨大戦艦大和の建造」:米軍すらキャッチ不可能の秘匿性

ペーパークラフト「戦艦大和」(歴史群像2021年 8月号 学研)

ついに戦艦大和の主砲を作成します。

1/700のスケールのため、小さなパーツが多いペーパークラフトですが、大きな主砲は目立ちます。

ペーパークラフト「戦艦大和」(歴史群像2021年 8月号 学研)

戦艦大和に主砲を支える円筒形の部分を差し込みました。

艦橋と高角砲だけでも「戦艦大和らしく」なっていました。

主砲をつけて、これで「巨大戦艦大和」が見えてきました。

ペーパークラフト「戦艦大和」(歴史群像2021年 8月号 学研)

超極秘で建造された戦艦大和。

米軍のスパイも「巨大戦艦建造」の形跡はキャッチしていたかもしれません。

Japanでは、
巨大戦艦を建造してそうだか?

それが
よく分からないのです・・・

ところが、「巨大戦艦大和」の極秘性は抜群で、米軍すら全容はキャッチ出来ませんでした。

ランク名称
5軍機
4軍極秘
3極秘
2
1部外秘
日本軍の機密ランク

「極秘」は基本的に「超秘密」という意味ですが、上から3番目。

そして、巨大戦艦大和・武蔵建造に関する機密度は、なんと最上ランク「軍機」扱いだったのです。

後の真珠湾奇襲攻撃では、米国に手の内読まれていました日本。

真珠湾奇襲攻撃作戦自体の機密性は極めて高かったのです。

巨大戦艦に「期待してなかった」航空派・山本五十六

山本五十六 海軍次官(連合艦隊司令長官 別冊歴史読本 新人物往来社)

戦艦大和建造が正式に決定した時は、軍政側の海軍次官であった山本五十六。

日本海軍で先駆けて「航空戦・空母」の重要性を見出した人物でした。

後に、戦艦をつくる海軍担当者に対して、

これからは
戦艦ではなく、空母の時代だぜ・・・

悪いけど、
君たち、このままだと職を失うよ・・・

と軽口を叩いたという逸話もあります。

1937年に「戦艦大和建造」を発令した海軍省。

真珠湾奇襲攻撃の4年前のこの時、海軍内では「大艦巨砲主義」が中心でした。

山本五十六 海軍次官もまた、まだ

航空機の戦いが
主力になるだろう・・・

しかし、海戦では
戦艦の力は圧倒的だ!

こう考えていたはずです。

米内光政 海軍大臣(Wikipedia)

航空隊の強みは
増えていきそうだが・・・

戦艦大和に
日本海軍の運命を委ねよう。

戦艦の建造には大変な費用がかかる中、「世界一の巨大戦艦」建造を目指した日本海軍。

ペーパークラフト「戦艦大和」(歴史群像2021年 8月号 学研)

いよいよ、それぞれの主砲に「3本ずつ」の大砲を取り付けてゆきます。

上のパーツの切り方は少し雑ですが、小学校2年生の子どもと一緒に制作しています。

ペーパークラフト「戦艦大和」(歴史群像2021年 8月号 学研)

複雑な形状の紙を、貼り付けてゆくと主砲の概形が出きてきました。

三つの大きな穴が空いていて、ここに46cm砲を取り付けてゆきます。

最大射程距離は
42kmだ!

と言われる巨大な主砲。

42kmといえば、ちょうどマラソンの距離になります。

そして、「京都から大阪の距離」が大体この距離となります。

巨大砲塔の射撃の精度:長大すぎた最大射程距離

戦艦大和(Wikipedia)

この距離で、

砲弾を打って、
相手の艦隊に当たるのか?

というのは、当時綿密に検討されたでしょう。

「京都から砲弾を打って、大阪付近にいる戦艦・空母・重巡などに当てる」のは非常に難しそうです。

巨大戦艦である戦艦大和のサイズが263mなので、サイズを検討してみましょう。

263/42,000=0.006、つまり「最大飛距離に対して、巨大戦艦であっても0.6%のサイズ」となります。

相手が駆逐艦などだと、この半分以下のサイズになります。

さらに、海では「地球の丸さ」が反映されるので、「42km先は見えにくい」のが実情です。

この

巨大な砲塔は良いが、
実際に当たるのか?

が、どのように現実的に検討されたのか。

東條英機 内閣総理大臣兼陸軍大臣(国立国会図書館)

後に総理兼陸軍大臣となり、最終的には参謀総長まで兼ねた東條英機 総理。

射撃は
精神で撃つ!

「精神力」が異常に誇張された当時の日本軍ですが、やはり技術力は重要です。

この「巨大砲塔の射撃の精度」が、どのように検討され、どのように判断されていたのか。

このことが曖昧なことが「日本らしい」点ではあります。

そして、この曖昧さこそが、日本海軍および戦艦大和の運命も位置付けたのでしょう。

新歴史紀行

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