前回は「織田信長 9〜覇王の戦略 2〜」の話でした。

美濃を制圧して意気揚々としていた信長。

やっと美濃を制圧した!
それは義理の父であり、前々美濃国主であった斎藤道三の悲願でもありました。


晩年に、長男である斎藤義龍に叛かれて、滅亡した斎藤道三。



美濃は、我が娘婿・信長へ
譲ろう。
信長へ異例の「国の譲り状」を出していました。



道三殿。
やっと、やっと・・・



美濃を我が手にしましたぞ。
成長著しい織田家をよく見ていた、足利義秋(義昭)の家来だった明智光秀。


精強な軍団と甲斐金山を持つ武田信玄と比較しても、織田家は十分な実力。
佐渡の金山と越後の港を有していた上杉輝虎(謙信)と比較しても、十分な実力。
石見銀山を持ち、広大な領土を持つ毛利元就(銀山の所有権は幕府に差し出していたという説あり)にも比肩できます。
九州で南蛮との繋がりを深めている大友家と比較しても、財政力が強い存在です。


「出来星大名」など生ぬるい立場ではなく、すでに「実質最大の戦国大名」の一つである織田家。


近くでもあった織田家を、足利義秋(義昭)が頼りにするのは、むしろ当然の流れでした。



義秋様。



織田信長を
頼るのが良いかと。





うむ。
確かに織田は強力な大名じゃの。



しかし、私をしっかり立ててくれるか?



私が様子を見てきましょう。
将軍・足利義秋(義昭)の家来だった光秀は、織田家へ「将軍の使者」として向かいます。