織田信長 10〜覇王の戦略 3〜|戦国武将

前回は「織田信長 9〜覇王の戦略 2〜」の話でした。

織田 信長(歴史群像シリーズ 図説・戦国武将118 学研)

美濃を制圧して意気揚々としていた信長。

やっと美濃を制圧した!

それは義理の父であり、前々美濃国主であった斎藤道三の悲願でもありました。

斎藤 道三(Wikipedia)

晩年に、長男である斎藤義龍に叛かれて、滅亡した斎藤道三。

美濃は、我が娘婿・信長へ
譲ろう。

信長へ異例の「国の譲り状」を出していました。

道三殿。
やっと、やっと・・・

美濃を我が手にしましたぞ。

成長著しい織田家をよく見ていた、足利義秋(義昭)の家来だった明智光秀。

明智 光秀(歴史群像シリーズ 図説・戦国武将118 学研)

精強な軍団と甲斐金山を持つ武田信玄と比較しても、織田家は十分な実力。

佐渡の金山と越後の港を有していた上杉輝虎(謙信)と比較しても、十分な実力。

石見銀山を持ち、広大な領土を持つ毛利元就(銀山の所有権は幕府に差し出していたという説あり)にも比肩できます。

九州で南蛮との繋がりを深めている大友家と比較しても、財政力が強い存在です。

北条 早雲(Wikipedia)

「出来星大名」など生ぬるい立場ではなく、すでに「実質最大の戦国大名」の一つである織田家。

1567年の織田家勢力図(別冊歴史人 「戦国武将の全国勢力変遷地図」KKベストセラーズ)

近くでもあった織田家を、足利義秋(義昭)が頼りにするのは、むしろ当然の流れでした。

義秋様。

織田信長を頼るのが良いかと。

足利 義昭(Wikipedia)

うむ。
確かに織田は強力な大名じゃの。

しかし、私をしっかり立ててくれるか?

私が様子を見てきましょう。

将軍・足利義秋(義昭)の家来だった光秀は、織田家へ「将軍の使者」として向かいます。

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