立花道雪 12〜勢いこむ龍造寺〜|戦国武将

前回は「立花道雪 11〜激突する龍造寺と島津〜」の話でした。

立花道雪(歴史群像シリーズ 図説・戦国武将118 学研)

龍造寺家の総力を挙げた25,000の大軍を引き連れて、島原半島に乱入した龍造寺隆信。

龍造寺隆信(Wikipedia)

我が軍は25,000!

対して、島津は3,000だと!

鎧袖一触よ!

島津家は当主 島津義久の末弟 家久率いる3,000の軍勢。

圧倒的劣勢の島津軍でしたが、島津家久は島津義弘とも比肩できる名将でした。

島津義弘(図説・戦国武将118 学研)

島津家久は最初から、低湿地の沖田畷を戦場に予定します。

この地ならば、大軍勢が動かせないので、「小勢でもなんとか戦える」と考えたのです。

1582年頃の九州勢力図(歴史人2020年11月号 KKベストセラーズ)

島津家久は、乗ってきた軍船を全て返して、決死の覚悟で臨みます。

まさに背水の陣。

大軍で島津軍を飲み込む勢いの龍造寺軍。

もはや、龍造寺の圧勝は、
決まったようなもの!

鍋島直茂(Wikipedia)


成松信勝・百武賢兼らの、武闘派ばかりではなく、智勇兼備の鍋島直茂も出陣していました。

直茂も、おるからな。

万全すぎる体勢よ!

奮い立つ龍造寺隆信でした。

これは、さすがの島津も、
防戦一方であろう・・・

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