前回は「立花道雪 11〜激突する龍造寺と島津〜」の話でした。

龍造寺家の総力を挙げた25,000の大軍を引き連れて、島原半島に乱入した龍造寺隆信。


我が軍は25,000!



対して、島津は3,000だと!



鎧袖一触よ!
島津家は当主 島津義久の末弟 家久率いる3,000の軍勢。
圧倒的劣勢の島津軍でしたが、島津家久は島津義弘とも比肩できる名将でした。


島津家久は最初から、低湿地の沖田畷を戦場に予定します。
この地ならば、大軍勢が動かせないので、「小勢でもなんとか戦える」と考えたのです。


島津家久は、乗ってきた軍船を全て返して、決死の覚悟で臨みます。
まさに背水の陣。
大軍で島津軍を飲み込む勢いの龍造寺軍。



もはや、龍造寺の圧勝は、
決まったようなもの!


成松信勝・百武賢兼らの、武闘派ばかりではなく、智勇兼備の鍋島直茂も出陣していました。



直茂も、おるからな。



万全すぎる体勢よ!
奮い立つ龍造寺隆信でした。



これは、さすがの島津も、
防戦一方であろう・・・