立花道雪 10〜のけ者にされる大友家〜|戦国武将

前回は「立花道雪 9〜大友の凋落〜」の話でした。

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立花道雪(Wikipedia)

かつての「九州の帝王」大友家が著しく勢力後退し、
新たに「島津と龍造寺の二強」とも言える状況になった九州。
大友宗麟は、もはや往年の覇気を失っていました。

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大友宗麟(Wikipedia 大徳寺)

せめて、かつてからの大友の本拠地の豊後・豊前は確保したいです。
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1582年頃の九州勢力図(歴史人2020年11月号 KKベストセラーズ)

その最中、睨み合っていた龍造寺と島津が激突します。
きっかけは龍造寺に従属していた有馬晴信が島津に寝返ったことでした。

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龍造寺隆信(Wikipedia)

「おのれ、有馬め!血祭りにあげてやるわ!」と意気込む龍造寺。
大友家・島津家と比較すると元々、守護でもない龍造寺家は、あまりに急速に膨張しすぎました。
それは龍造寺隆信の戦闘能力・カリスマに加え、
補佐する鍋島直茂が日本有数の優れた武将であったことが最大の要因でした。
さらに成松信勝・百武賢兼らの「龍造寺四天王」と呼ばれる、
戦闘能力の高い個性派の武将が大勢いた龍造寺家。

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鍋島直茂(Wikipedia)

急ごしらえの勢力としては、異常なくらい良い人材が集まっていたのでした。
しかし、有馬晴信は失地回復をねらって龍造寺に叛いたのでした。
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島津義弘(図説・戦国武将118 学研)

「おのれ!有馬晴信め!」と怒り心頭の龍造寺隆信。
隆信は今や「五州二島の領主」と呼ばれる存在です。
猛烈な勢いを持っている龍造寺家。
龍造寺のフルパワーで、有馬潰しに臨むことを決断します。

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