立花道雪 8〜大友家の危機〜|戦国武将

前回は「立花道雪 7〜彷徨する武雷神〜」の話でした。

立花道雪(歴史群像シリーズ 図説・戦国武将118 学研)

北上する島津義弘ら島津家を、大軍勢で迎え撃つ大友家。

大友宗麟(Wikipedia)

6万ともいわれる大軍を、大動員した大友家。

大友家も総力を上げよ!

ワシは出陣せん!

キリシタンの国づくりに、忙しいのだ!

宗麟や道雪不在の中、中途半端な武将たちが。寄り合い所帯のように群れていただけの大友軍でした。

耳川の合戦図(歴史人2020年11月号 KKベストセラーズ)

対して島津軍は当主 島津義久が出てきており、島津義弘らもいる主力メンバーでありました。

統制すらまともに取れていなかった、大軍擁する大友家。

島津に、致命傷となる大敗を喫します。

島津義弘(図説・戦国武将118 学研)

若き頃の殿は、鋭気溌剌としていた・・・

最近の殿は、キリシタンにかぶれすぎだ!

ここで敗北して、殿には、眼を覚ましてもらおう!

多少の敗北は、やむをえん!

宗麟に反省を促すつもりだった、道雪。

大友家は。宗麟はもとより道雪の想定をはるかに超える、大大惨敗を迎えてしまいます。

この大敗北は、全くの想定外だ・・・

多数の優れた将兵を一気に失ったこの合戦で、大友家は、もはや取り返しのつかない状況となります。

まさか、こんなことになろうとは・・・

従属していた龍造寺に叛かれ、さらに島津に耳川の合戦で致命傷とも言える大敗北した大友家。

かつては九州の雄であった大友家は、一気に版図が小さくなります。

多数の国人の離反をさらに招き、滅亡の危機に陥ります。

龍造寺隆信(Wikipedia)

鍋島直茂(信生)の強力なサポートの元、肥前の熊 龍造寺隆信は急成長します。

鍋島直茂(Wikipedia)

成松信勝ら龍造寺四天王を率いて、熊とも虎とも言える猛烈な勢いで急速に勢力を拡張します。

大友家の従属勢力に過ぎなかった龍造寺は本拠地肥前を中心に、筑前・筑後・肥後・豊前へと進出します。

これからの九州は、我が龍造寺の天下よ!

そして、大友家の本領の豊後に迫ります。

まさか、豊後周辺まで攻め込まれるとは・・・

まだ、この道雪がおります!

かつて九州の盟主として、中国地方の毛利と死闘を演じましたが、それもはるか昔となりました。

1582年頃の九州勢力図(歴史人2020年11月号 KKベストセラーズ)

かつての九州の覇王・大友家は大きく後退し、九州三国志の中で最弱とも言える存在となりました。

まさか・・・

「まさか・・・・・」と絶句する宗麟。

筑前・立花山城周辺は、死守してご覧に入れる!

中央では、武田を滅亡に追い込んだ、織田家が猛烈な勢いで版図を広げ続けていました。

1582年の織田家勢力図(別冊歴史人 「戦国武将の全国勢力変遷地図」KKベストセラーズ)

もはや取り返しのつかない状況に、追い込まれていた大友家でした。

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