前回は「異常な大戦果に熱狂した大日本帝国〜失墜した大英帝国のプライド・海軍の先生=大英帝国に大勝利・「猿真似」から世界三大海軍国へ・幕末の弱小国から一気に世界の強国に躍進〜」の話でした。
大英帝国を襲った強烈な衝撃:パウンド軍令部長からの大悲報
大英帝国が満を持して、マレー沖に派遣した英東洋艦隊の旗艦プリンス・オブ・ウェールズ。
・英国における王位の法定(推定)である王子に与えられる称号
英国民にとって「皇太子」を意味する「プリンス・オブ・ウェールズ」は、特別な意味を持っていました。
いわば、「戦艦皇太子」であり、当時の大日本帝国にとっての「戦艦大和」と同等な存在でした。
ところが、松永司令官率いる航空隊によって、あっけなく撃沈されてしまいました。
後世から見れば、「航空隊の傘」がない状況で「戦艦が勝てるはずがない」戦いでした。
ところが、当時はまだ「戦艦中心」の考えでした。
我がPrince of Walesを
Malayに派遣して、Japanを叩くのだ!
元々は陸軍士官でありながら、海軍大臣を務めた経験があるチャーチル首相は、
我がUnited Kingdomこそが
世界一の海軍なのだ!
英海軍に対する大いなる自負を持っていました。
そこへ、パウンド英海軍軍令部長(総長)から電話が鳴りました。
なんだ、
誰からの電話だ?
「吉報を待っていた」チャーチルの元には、「悲劇」が伝えられることになりました。
Churchill首相・・・
・・・・・
なんだ、Poundよ・・・
何を言っているか分からんが・・・
Churchill首相・・・
Prince of WalesがJapanに撃沈されました・・・
!!!!!
Repulseも
Japanに撃沈されました・・・
!!!!!
Tom Phillips長官は
戦死しました・・・
!!!!!
ま、
間違いないのか・・・
全く想定外の報告に、しばし呆然としてしまったチャーチル首相でした。
正直に議会に極大バッドニュースを伝えたチャーチル首相
あの
Prince of Walesが・・・
そして、
Phillips長官までも・・・
あまりの衝撃に「ショックを超えた極大ショック」を受けたチャーチル首相。
受話器を置いたチャーチルは、
・・・・・
完全に思考停止となってしまい、その日は誰にも会いませんでした。
若い頃から、強気で鳴っていたチャーチルでしたが、
なんということ・・・
こんなことが起きるのか・・・
「想定のかけら」もしてなかった事態に、我を失ってしまいました。
後に、「第二次世界大戦回顧録」において、
戦争の全期間を通じて、
これ以上の打撃を受けたことはなかった・・・
このように「当時の心情を正直に吐露」したチャーチル。
ところが、「鋼鉄の精神を持つ男」であったチャーチルは、一晩休んで、堂々と下院議会に臨みました。
1941年12月10日(現地時間)に、下院に出席したチャーチルは、
私は諸君にバッドニュースを
伝えなければならない・・・
私の生涯において、英海軍が
このように苦痛に満ちた重大な打撃を受けたことはない・・・
Prince of WalesとRepulesが
Japanの航空隊に沈められた、と報告が入った・・・
誰も想定していない展開に、議会は紛糾しました。
な、なんだって?!
そんなバカな!
それは、Churchill首相の
作戦指揮に問題があったのでは?
米大統領ほどではなくても、大日本帝国と異なり、かなり強い作戦権限を持っていたチャーチル。
実際に、Prince of WalesとRepulesをマレーに派遣する決断をしたのは、チャーチルでした。
護衛戦闘機もつけずに、
なぜPrince of Wales出動させたのですか?
厳しい質問が相次ぐ中、
・・・・・
Churchill首相の
信任に問題があるのでは?
ならば、私の
信任投票をしてもらおうではないか!
戦う男・チャーチルは「自らへの信任投票」で応じました。
Churchill首相への
信任票46、不信任票1です!
そして、「47人中46人の信任を得た」チャーチルは、
この巨大な落胆も、
私に新たな勇気をもたらすのだ!
気持ち新たに、戦争指揮に臨みました。
正直に議会に「極大バッドニュース」を伝え、堂々と「議会の信任を得た」チャーチル。
大英帝国は、マレーでの悪夢から再起を図ろうとしていました。
次回は上記リンクです。