前回は「日本の中心・重心であり続けた京と大坂〜織田信長が考えていた大坂の未来・秀吉が「信長の構想」を継承して完成した大坂城〜」の話でした。
尾張国の要・犬山城:「天守国宝指定の五城」の一つ
現存十二天守の一つである犬山城を訪問しました。
・姫路城(兵庫県姫路市)
・彦根城(滋賀県彦根市)
・犬山城(愛知県犬山市)
・松江城(島根県松江市)
・松本城(長野県松本市)
・丸亀城(香川県丸亀市)
・丸岡城(福井県坂井市)
・宇和島城(愛媛県宇和島市)
・備中松山城(岡山県高梁市)
・高知城(高知県高知市)
・弘前城(青森県弘前市)
・松山城(愛媛県松山市)
日本に12しかない「現存十二天守」の一つである犬山城ですが、国宝でもあります。
・姫路城(兵庫県姫路市)
・彦根城(滋賀県彦根市)
・犬山城(愛知県犬山市)
・松江城(島根県松江市)
・松本城(長野県松本市)
当時の木造建築である天守が、適切に改修されながら、今の時代に残る貴重な城の一つです。
大きな川である木曽川のすぐ脇に位置する犬山城は、木曽川の流通を睨んでいるような威容をもちます。
ちょうど、尾張と美濃の境界に位置する犬山城。
木曽川の流通を活かせば、かなり良い軍事拠点になったであろうことが想像できます。
少し地味な存在の質実剛健な城:「水の流通」と信長の城郭への思い
小高い山の上にあり、遠方からも望める犬山城天守閣は、優美な印象です。
「川に浮かぶ白い城」のイメージから、「白帝城」とも呼ばれます。
犬山城がある小高い山は、樹木に覆われていて、まるで「樹木の山」のような光景です。
尾張と美濃を結ぶ大動脈であった木曽川を、管理する役割を持っていたと思われる犬山城。
小さいながら、優美な城である割に、犬山城の歴史上の存在感は少し地味です。
・姫路城(播磨)
・彦根城(近江)
・犬山城(尾張)
・松江城(出雲)
・松本城(信濃)
「天守が国宝指定の五城」の位置を、旧国名で記載しました。
現存する城の中で、最も有名なのは姫路城です。
これらの五つの城の中で、天下人・織田信長の最初の本拠地・生誕地に位置するのが犬山城です。
私は何度も本拠地を
移転した・・・
清洲の次は
小牧山に移った・・・
斎藤家の美濃を攻めるために、清洲城から小牧山城に本拠地を一気に移転した信長。
美濃を攻めるためには、おそらく「犬山城への本拠地移転」も候補に上がったでしょう。
犬山城も
悪くない・・・
犬山城は、もともと信長の叔父である織田信康が城主を務めていた、古くからの街でした。
木曽川の流通を
抑える地の利も良い・・・
ここで、比較的「都市・街ではなかった」小牧山を選んだ信長は、
美濃を奪取した後は、
「私の街」を稲葉山城周辺につくりたい・・・
そのためには、美濃奪取の軍事拠点だけではなく、
「新たな街づくり」もやりたいのだ・・・
おそらく、こう考えた信長は、最終的に「小牧山移転」を決めたのでしょう。
現代でも広大な木曽川周辺にある山々の一つに築かれた、「小さくて優美な城」犬山城。
諸大名の中でも「商業による経済活動」に大いに力を入れた信長は、流通経路も重視していました。
川の近くの犬山城は、
流通が便利だな・・・
そのうち、川か湖の近くに
城を築こう!
おそらく、犬山城を見て、「水運の近くの城」の力を思い知った信長。
後に、琵琶湖河畔に安土城を築いたのも、「犬山城の影響があった」と筆者は考えます。