明智光秀 11〜未来都市を創った男 2〜|坂本城

前回は「明智光秀 10〜未来都市を創った男 1〜」の話でした。

明智光秀(歴史群像シリーズ 図説・戦国武将118 学研)

非常に優美なイメージの坂本城。

坂本城イメージ図(歴史人2020年2月号 KKベストセラーズ)

このイメージを実現化した明智光秀には、技術的能力に加え、デザイン的・芸術的な才能もあるでしょう。

秀吉の長浜城、あるいは後年築城する大坂城・聚楽第などと比較すると、優美さが際立ちます。

秀吉は備中高松城・三木城などの城攻めの際に、大規模に城を取り巻くように付け城を築きます。

羽柴 秀吉(歴史群像シリーズ 図説・戦国武将118 学研)

秀吉の大掛かりな工事の仕方は、土木的発想とも言えます。

対して、光秀は優雅さも兼ね備えた建築的発想・センスを持っていたと思います。

琵琶湖ネットワーク(別冊歴史人2016年12月号ベストセラーズ)

当時は水運が非常に重要であり、琵琶湖は京都へと至る超重要な経路でした。

信長・秀吉・光秀・津田信澄(光秀の娘婿)の四つの城で、見事なネットワークが構築されています。

中でも、京都へ至る出入り口にある坂本城の戦略的重要性が分かります。

坂本城は現存しませんから、あくまで上の絵はイメージです。

しかし、このイメージを発想した光秀の芸術的センスは、かなり高い。

こういうセンスは、柴田勝家や丹羽長秀にはありません。

柴田 勝家(歴史群像シリーズ 図説・戦国武将118 学研)

築城は、そんなに得意ではない。

武士たるもの、戦場での働きが一番ぞ!

同時に「技術的にどうやって湖畔という陸上ではなく、湖に突き出した形で城を築いたのか?」は大いなる謎です。

水上につくった建築としては厳島神社が有名です。

厳島神社(新歴史紀行)

規模・大きさ・高さを考えると、坂本城築城には、かなり高い技術が必要です。

明智光秀の本領は軍事や政治ですが、この極めて高いデザインセンスと築城技術は当時随一でしょう。

織田 信長(歴史群像シリーズ 図説・戦国武将118 学研)

光秀の、あの築城センスと技術は
どこで身に付けたのだ?

最先端の築城なら、
光秀にお任せを!

新歴史紀行

この記事が気に入ったら
フォローしてね!

目次